3.3 生物資源の取り組みブドウ畑

日本ワインのためのブドウ畑生態系調査

国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構(以後、農研機構)の研究員を招き、2014年から国内原料農地の生態系を調査しています。長野県上田市丸子地区陣場台地にあるシャトー・メルシャン椀子(マリコ)ヴィンヤードでは、環境省のレッドデータブックに掲載されている絶滅危惧種を含む昆虫168種、植物288種を確認しました。山梨県甲州市勝沼にある城の平(じょうのひら)ヴィンヤードでも絶滅危惧種を含む多くの希少種が見つかっています。いずれも、草生栽培のブドウ畑です。
このことから、日本ワインのために遊休荒廃地を草生栽培のブドウ畑に転換することは、事業の拡大に寄与するだけではなく、貴重な草原を創出し、豊かな里地里山の環境を広げ、守ることにつながると考えています。

  • ブドウ種

  • シャトー・メルシャン椀子ワイナリー

  • 椀子ヴィンヤード

生態系調査で発見された希少種

椀子ヴィンヤード

  • ベニモンマダラ:環境省ならびに長野県レッドリストの準絶滅危惧種

  • クララ:環境省レッドリストの絶滅危惧ⅠA類(長野県の絶滅危惧ⅠB類)であるオオルリシジミの唯一の食草。

  • ウラギンスジヒョウモン:環境省レッドリストの絶滅危惧Ⅱ類。長野県レッドリストの準絶滅危惧種

  • ユウスゲ:長野県レッドリストの準絶滅危惧種

  • メハジキ:長野県レッドリストの準絶滅危惧種

  • スズサイコ:環境省ならびに長野県レッドリストの準絶滅危惧種

良質で広大な草原として生態系を育むブドウ畑

自然には、人の手がかけられていくからこそ守られていく自然があり、その代表例が草原です。130年前には日本国土の30%を占めていたという草原ですが、今は国土の1%にまで減少しています。しかし、単位面積あたりの絶滅危惧植物の割合が極めて高く(右上図参照)、生物多様性を保全する上で貴重な役割を果たしています。
下草を生やす草生栽培のブドウ畑では、適切な下草刈りにより、畑が良質で広大な草原として機能し、繁殖力の強い植物だけではなく、在来種や希少種も生育することができるのです。「日本ワイン」市場の拡大を受けて、日本初の民間ワイン会社「大日本山梨葡萄酒会社」をルーツにもつメルシャンが自社管理ブドウ畑を拡大することが、草原を創出することにつながっています。2019年からは草生栽培がブドウそのものに与える影響についても調査するために、畑の中のクモや土壌生物、鳥などの調査も開始しました。
クモについては、何を食べているかの調査から開始しています。日本ワインのためのブドウ畑でのクモ類の調査は珍しく、既に長野県で初めて確認されたクモも見つかっています。
鳥については、ヴィンヤード内で7種55個体が、ヴィンヤードに隣接する林で21種87個体が確認されています。多く見られたのがヒバリやホオジロ、キジ、シジュウカラで、ヴィンヤードが日本で激減している草原の代替地として機能していることが伺えました。ヒバリ、ホオジロなどはヴィンヤード内で卵も見つかったことから、草原環境を利用する鳥の貴重な営巣場所としてもヴィンヤードが機能していることがわかりました。
土壌生物のミミズについても継続して調査しています。

日本の草原面積の推移

  • 日本の草原面積の推移の図

    林野面積累年統計、農林省統計表、農林水産省統計表より集計

単位面積当たりの絶滅危惧種数

  • 単位面積当たりの絶滅危惧種数の図

    1haあたりの絶滅危惧植物
    西日本草原研究会(2007)より

城の平ヴィンヤードでの調査

山梨県勝沼地区にある城の平ヴィンヤードは1984年に日本で最高のカベルネ・ソーヴィニヨンを栽培するために、垣根式栽培を開始した自社畑です。
2018年~2019年の調査で、環境省のレッドデータブックで絶滅危惧種に指定されているキキョウやギンランほか、多くの希少種が見つかっています。開墾から30年以上が経っており、比較的小さなブドウ畑ということもあり、丁寧な草刈りを行っていることが、希少種が見られる理由と推測しています。

  • 城の平ヴィンヤードでの丁寧な草刈り

  • キキョウ:環境省レッドリストのの絶滅危惧種Ⅱ種、山梨県レッド
    リストの準絶滅危惧(NT)

  • ギンラン:環境省レッドリストのの絶滅危惧種Ⅱ種、山梨県レッド
    リストの絶滅危惧Ⅱ類(VU)

遊休荒廃地からブドウ畑に転換する過程の調査

山梨県甲州市の天狗沢ヴィンヤードでは、遊休荒廃地から草生栽培の収穫できるブドウ畑になるまでの生態系の変化を調べる世界でも珍しい研究を、農研機構と共同で行っています。
2016年に開墾前の遊休荒廃地を調査したところ、鹿の食害のために極めて多様性の低い昆虫相や植物相しか見つかりませんでした。しかし、2017年に柵で囲い開墾して以降、ブドウ畑らしい景色に変わっていくにつれ、生態系が豊かになっていく過程が見えてきています。
植生調査では、造成前は鹿の食害に
より著しく多様性が低い植物相だったものが、造成後は一年草群落から多年生群落に徐々に変化し、現在では草原性の指標種であるネコハギ、チドメグサが増加し、ノガリヤスも見られるようになってきているなど、良質な草原に変わりつつあることが確認できています。
昆虫調査ではチョウ類を指標としています。造成前はヤマトシジミやジョノメチョウだけが目立つ状態でした。植生調査で確認しているように、鹿の食害で植生の多様性が極めて低く、これらの幼虫が食べられる植物(食草)しか残っていなかったことによると思われます。2019年頃には法面の植生が多様化したことで、食草であるヨモギやアカツメクサ等が増え、ヒメアカタテハ、モンキチョウ、キタキチョウが多くみられるようになりました。
2020年は新型コロナウイルス感染拡大の影響で春に調査ができなかったことを考慮すると、実際はさらに生態系が豊かになっていると予想しています。

  • 植生豊かな柵内(左)、鹿の食害でほぼチカラシバとアメリカアミアザミしか植生していない柵外

  • 図:天狗沢ヴィンヤードの生態系推移

    天狗沢ヴィンヤードの生態系推移

天狗沢ヴィンヤードの転換過程

植生再生活動

2016年からは、専門家の指導のもと、従業員参加による希少種・在来種の再生活動を開始し、具体的な成果が出ています。秋に、希少種・在来種が生息する場所の枯草を集め、畑の中の再生地に蒔くことで植生再生を目指す活動ですが、再生場所では、2016年に平均出現種数が8.2種であったものが、2020年には17.5種に増えました。クサフジ、スズメノチャヒキ、カワラマツバ、アオツヅラフジ、ゲンノショウコ、ニガナ、ノガリヤス、スミレ類、ネコハギが定着するなど、順調に良質な草原に変わりつつあります。花の咲く在来種も定着し、秋にはお花畑のようになっています。
国際的NGOアースウォッチ・ジャパンとそのボランティアの方々とともにクララを増やす活動も始めました。クララは国レベルの希少種ではありませんが、絶滅危惧ⅠA類(CR)のチョウであるオオルリシジミの唯一の食草です。2018年にボランティアの皆さんに、ブドウ畑近くの田んぼの畔に生息しているクララの挿し穂を田の所有者の許可を得て採り、自宅に持ち帰り育てていただきました。2年後の2021年5月末に、育った苗を椀子ヴィンヤードに植え付けました。
2020年秋には、椀子ヴィンヤードのある陣場台地ふもとの小学校4年生を対象に、ブドウ畑の生態系調査をお願いしている農研機構の先生を迎えて環境教室も開催しています。