社外監査役メッセージ

Message from an Audit & Supervisory Board Member

2025年5月30日

キリンホールディングス社外監査役
土地 陽子

東京銀行社、世界銀行を経て、トヨタ自動車社およびソフトバンクグループにてIR責任者を務める。2024年よりキリンホールディングスの社外監査役を務める。

役員それぞれが多角的な視点を提供し、さらなる企業価値の創出に寄与

キリンホールディングスでは、透明性の高いガバナンス体制を維持・向上させるため、取締役会においては取締役のみならず、監査役にも積極的な発言を求めています。社外監査役の土地陽子氏に、当社のガバナンスについて伺いました。

良いガバナンスとは、執行と監督とが適切なバランスを保っていること

社外監査役としてご自身の経歴や知見をどのように発揮されていますか。

私はインベストメント・バンカーとして国際金融に携わった後、トヨタ自動車社やソフトバンクグループ社といったグローバル企業でIRの責任者を22年間務めました。自動車産業および日本企業の中で常にトップクラスの時価総額を誇るトヨタ自動車社では、投資家の裾野も非常に広く、海外を中心にさまざまな投資家との対話を第一線で担いました。その数は17年間で3,000件を超え、投資家の多様な属性や、企業に何を求め、どう投資判断をするのかなど、深い理解を得ることができました。また、私がソフトバンクグループ社のIR部長に就任したのは、国内3番手の通信会社からグローバルな戦略的投資会社へとビジネスモデルを大転換したばかりの頃で、そのスピードに多くの株主や投資家がついてこられず、本来の企業価値に対して時価総額が大きくディスカウントしてしまっており、信頼の再構築を最優先に、対話を行いました。キリンホールディングスは、今まさに事業ポートフォリオの大変革期にあり、特にヘルスサイエンス事業を立ち上げて以降の株価は、本来あるべき評価より低い状態が続いており、投資家からの信頼がまだ十分に得られていない状況と認識しています。より多くの機関投資家の理解を得、味方になっていただく必要もあるのではないかと思います。こうしたIRの現場経験は、キリンホールディングスの社外監査役としての役割を果たす上で生かせるのではと考えています。

また、私のキャリアの4分の3は米国と英国を中心とした海外勤務で、トヨタ自動車社では欧州統括子会社の経営にも携わってきました。トヨタ生産方式・トヨタウェイを共有しつつ現地主体で事業を展開した経験は、今後キリンホールディングスがグローバル展開を進めていく上で、役立つのではないかと考えています。

加えて、トヨタ自動車社では2010年の品質問題という危機において、会社として全力を上げた再発防止と、対話の努力によって、ステークホルダーの信頼の回復を行うという経験もしました。品質問題は起こさないことが大前提ではありますが、万一不測の事態が発生した場合には、こうした経験が、社外監査役として役立つこともあるように思います。

企業にとって良いガバナンスとは、どのような状態を指すとお考えでしょうか。

どの企業も完全には予見できない将来に向かって事業活動を進め、経営環境も常に変化します。その中で、コンプライアンスやリスクマネジメントといった当然の要素に加えて、いかなる事業環境においても全てのステークホルダーの期待に応えながら、健全に事業活動を存続させられる仕組みが構築され、しっかりと運用されていること。つまりは、強いアカウンタビリティ(責任)とリーダーシップを発揮しながら、透明性をもって戦略的に業務執行にあたる経営と、それをモニタリングしながら、適切な助言や勧告、牽制をする監督機能が適正なバランスを保ちながら両輪で回っており、結果として、持続性をもって企業が事業を成長させ、企業価値を創造し続けていくことができる状態が良いガバナンスと言えるのではないかと思います。適切なバランスというのは、企業の規模、産業や事業の特性、さらには成長ステージによっても変わりますし、環境変化に柔軟に適応し、進化するものだと考えています。

成長ステージにふさわしい体制が整っていると評価

キリンホールディングスの監査役の体制は、キリングループの多岐にわたる事業を監督する取締役会を監査する上で適切な状態だと思いますか。

キリンホールディングスの監査役は、常勤監査役2名と独立社外監査役3名で構成され、それぞれが高い専門性を持ち寄りながら多面的に監査しており、これは非常に素晴らしいと思います。常勤監査役の西谷氏と石倉氏は、長年にわたりキリンホールディングスの主要事業でさまざまな経験を積み、経営にも関わってこられました。組織や文化に対する理解を監査に生かしながら、経営から独立した立場で、深い分析・指摘をされています。また、社外監査役の鹿島氏は会計士として、藤縄氏は弁護士として高い専門性と幅広いご経験を有しておられ、私は先ほどお話しましたグローバル企業でのIRや財務の実務経験を持っています。

現在キリンホールディングスは、ヘルスサイエンス事業をドライバーと位置付けた成長戦略の実行を進めており、完全子会社となったブラックモアズ(Blackmores)、ファンケルとのシナジーを実現し、APAC市場でのリーディングカンパニーを目指してヘルスサイエンス事業をグローバル展開していくステージにあります。このような重要な時期において、多様なスキルセットを持つ監査役から提供できることは多いと考えています。また、構造改革を進めている協和発酵バイオに関しても、その実効性やスピード感はどうなのかといった点をはじめ、さまざまなリスクの観点から継続的にモニタリングし、意見提起を行っています。

CEOとCOOの2トップ体制をはじめ、キリンホールディングスの執行体制をどのように評価していますか。

2トップ体制は、私が社外監査役に就任するのと同時にスタートしましたので、それ以前との比較はできませんが、今のキリンホールディングスが置かれた成長ステージを踏まえると、磯崎代表取締役会長CEO(以下「CEO」)がキリングループ全体の戦略的なリーダーシップを取り、南方代表取締役社長COO(以下「COO」)が多様化した各事業領域の現場を統括するという体制は、実効性の高いものだと思います。また、取締役会でも、お二人の間でどちらが発言すべきかといったような混乱は生じたことはなく、それぞれの役割が明確化されています。さらに、サクセッションプランについては、指名・報酬諮問委員会で議論が行われており、一定のタイムラインをおいて、パフォーマンス評価をし、着実なサクセッションを検討していくという方向性が、取締役会にも答申されていることは、非常に健全なあり方だと評価しています。

経営体制については、今春から新たに独立社外取締役2名、常務執行役員2名が着任され、新しい体制となりましたが、これからのキリンホールディングスに一層求められるスキルを持つメンバーが加わることで、ヘルスサイエンス事業を新たな柱とする成長を一層後押しする体制になったと期待を感じています。あえて申し上げると、キリンホールディングスがグローバル化を本格的に進める過程では、グローバル人財の育成と登用も重視していただきたい。また、グローバルで複数の事業セグメントの経営を監督していくには、取締役会にもさらなるグローバル視点が必要だと考えており、今後に期待したいところです。

現地現物に根付いた情報提供が実施されている

キリンホールディングスの取締役会の運営や体制、議論の内容に対する率直なお考えをお聞かせください。

キリンホールディングスでは、例えば事業計画については、策定フェーズから最終決裁フェーズまで4回ほど取締役会に付議され、計画の早い段階から多様な専門性を持つ役員からのインプットを踏まえながら内容を磨いています。これは取締役としても監査役としても成長戦略に対して自ら責任を持つ、ということにもなり、有意義であると考えています。

キリンホールディングスの取締役会は原則として月に1度定期開催されていますが、議長を社外取締役である柳氏が務めておられることに加えて、監査役も取締役と同様に積極的な発言が求められていることは、優れた運営のあり方だと思います。柳議長は皆さんからの意見を巧みに引き出しておられ、例えば議論するテーマにおいて専門性が高い役員を指名する形で発言を促されることもあります。私は、取締役会における発言に際しては、それだけではないのですが、自ずと発言しがちな領域があり、例えば、資本市場に対してどのように開示説明していくことで理解を醸成できるのか、評価を向上させることができるのかというコミュニケーションの観点。また、資本配分などの資本政策のあり方、あるいは、中長期の財務・非財務KPIがキリンホールディングスの企業価値を測る尺度として適切であるか、目標値の置き方に関しても、投資家をはじめとするステークホルダーの期待値と合っているかというような観点からの発言をすることが多いと思います。また、他の社外役員の方々も執行側の事情を汲み取りながらも、高い視座から忌憚ない意見・提言をなされ、私自身学ぶことが多々あります。反対意見も遠慮なく言えるオープンな審議の場である、とも感じています。

昨年の取締役会の中では、ファンケルの連結子会社化に向けた議論が特に印象に残っています。TOB開始後、株価が上昇したため、上限価格の引き上げを決議した時です。当初TOBについては執行側の提示した価格に対して、私自身も含め、社外取締役・社外監査役から、適切なレンジ内ではあるものの、戦略的な意義を踏まえた妥当性についてさまざまな意見がありました。その際、執行側から申し出があり、出席した全ての執行取締役が連結子会社化の必要性について、それぞれの立場から思いや決意を発言されるということがありました。それまでもヘルスサイエンス戦略担当役員の吉村取締役の決意は聞いてきましたが、改めてお一人お一人の熱意ある言葉に、それほどの決意があるならば必ずやり遂げられるだろうと確信を得ることができました。最終的に全員一致で提示された価格に賛成しました。

キリンホールディングスの監査役の特徴について、お気づきの点を教えてください。

キリンホールディングスの社外監査役は、取締役会以外にも多数の重要会議への参加が求められます。グループ経営戦略会議やリスク・コンプライアンス委員会などについては常勤監査役が出席し、毎月取締役会前に開催される監査役会で報告がなされています。また、会計監査人とは四半期ごとに面談の場を持っています。このほか、年に2回ほど、社外取締役とともに、執行役員全員と対話をする執行対話が実施されており、また、年に1回CEOとCOOそれぞれと忌憚なく意見交換をさせていただく個別面談の機会があるなど、社内のステークホルダーとの対話の機会が多く設けられています。

加えて、年間を通じて各事業会社や組織への往査も積極的に実施しています。実際に私も昨年は、キリン中央研究所、ヘルスサイエンス研究所、コーク・ノースイースト、財務戦略部、ヘルスサイエンス事業部、飲料未来研究所、小岩井乳業に出向き、各場所でトップやグループリーダーをはじめ職種や立場の異なる6名ほどの方とそれぞれ45分程度面談をさせていただきました。コーク・ノースイーストでは2日間の個別面談に加え、主要工場や物流センターの視察もしました。往査の際には、コンプライアンスならびにエンゲージメント調査の結果と、勤務時間のデータを参照しながら職場の状況を確認し、何らかの課題が認められる場合には、原因を検証し改善に向けた提言をするようにしています。こうした現地現物の機会も含めて、社外監査役に対する情報提供は十分にされていると評価しています。

キリンホールディングスを投資家の皆様に評価いただくには、今後どのようなコミュニケーションを実施すべきとお考えですか。

大事だと思われるのは、キリンホールディングスの成長戦略に対して期待と確信を持ってもらう、経営の実行力に対して信頼を持ってもらうことではないでしょうか。長期経営構想をしっかりと発信しながら、ヘルスサイエンス事業については、スピード感をもって事業計画を実行し、先日公表したマイルストーンに向けて成果を数字で出していくことがまず重要ですし、IRの観点では、昨年の説明会に続き、例えば吉村取締役を筆頭に、ヘルスサイエンス事業を担う現場のリーダーの方々が、もっと積極的に対話の場に出て、シナジー創出の具体的な取り組みやその手応え、現場の熱量などをご自身の言葉でリアルに伝えていただくと、良いのではないかと思います。また、キリンホールディングスの企業価値創造は、CSV経営に基づいており、経済的価値の創造は社会的価値の創造と表裏一体となっています。これは素晴らしい強みで、将来に向かって「稼ぐ力」のレジリエンス、持続性を担保するものでもあると思います。そこはもっと先進性をアピールされたらいいなとも思います。

もう1つの側面としては、事業ポートフォリオの変革期にはありうることなのですが、(最終利益の)下方修正をこれまでに何度かやっています。主に「その他営業費用」の増加などによるものと理解しています。本来から言うと、計画したボトムラインの利益を確実に達成し、それがトラックレコードになることが、投資家の皆様との信頼関係の下支えにもなっていくのではないでしょうか。これらは私の専門領域でもありますので、監査役としての役目を果たしていく中で、少しでもお役に立つことができればと思っています。