ヘルスサイエンス戦略担当役員メッセージ

2023年6月5日

「BtoB/BtoC連動モデル」というユニークなビジネスモデルで、
プラズマ乳酸菌をはじめとしたスペシャリティ素材の価値最大化を図る

キリンホールディングス株式会社
取締役常務執行役員
南方 健志

「発酵・バイオテクノロジー」の技術で、健康課題解決に取り組む

――キリングループがヘルスサイエンス領域に取り組む理由をお聞かせください。

キリングループは2013年からCSVを経営の根幹に据えて、事業を通じた社会課題解決に取り組んできました。コロナ禍の影響で、健康に対する意識は世界的に高まっていることもあり、「健康」という社会課題は、社会的価値、経済的価値両面で大切な領域だと考えています。当社グループの強みは、100年以上にわたるビール事業から培ってきた発酵・バイオテクノロジーであり、この技術が40年前の医薬事業への参入を可能としました。次は、発酵・バイオテクノロジーをヘルスサイエンス領域に応用し世の中の健康課題解決に貢献していきます。ヘルスサイエンス事業を、食と医薬に次ぐ事業として、当社グループを支える3つ目の柱にしなければいけないという使命感に燃えて取り組んでいます。

私たちは昨年まで、免疫、脳、腸内環境を中心とした健康課題解決に取り組んできましたが、2023年にこの考え方を進化させ、免疫力にアプローチする、「土台の健康づくり」と、生活習慣病や脳機能といった「個別の健康課題」解決の両面で取り組み、人間が元来もっている力を高める当社グループの独自のアプローチとして整理し直しました。

  • 図:独自のアプローチによる健康課題の解決

  • 図:独自のアプローチによる健康課題の解決

当社グループが目指す姿は「人生100年時代の健幸ライフスタイルパートナー」です。発酵・バイオテクノロジーを中心とした技術を基盤に、サイエンスに基づく商品・サービスを通じて人間が元来もっている力を高めることで、人々の幸せな生活につなげ、健康の先にある「笑顔」や「喜び」を世界にお届けしていきたいと考えています。

――ヘルスサイエンス戦略担当役員に就任されて1年が経過しました。事業全体を通じて見えてきた「成果」をお聞かせください。

2022年4月にヘルスサイエンス事業本部を立ち上げた背景には、キリングループがヘルスサイエンス事業に本気で取り組むために、各事業会社が共通した目指す姿の実現に向けて、協力し合い、学び合い、スピード感をもって突き進む「体制づくり」が必要だったことがあります。立ち上げから1年が経過し、協和発酵バイオや小岩井乳業をはじめとした事業会社とヘルスサイエンス事業本部間で一体感が生まれました。事業会社間の連携がスムーズになったことで、各社とともにつくり上げた事業戦略を実行する体制ができ、意思決定のスピードも格段に上がりました。

私が事業本部長に就任して以後、一番の成果は、先ほど申し上げた健康課題解決に対する独自のアプローチを整理できたことに加えて、技術と素材の幅広い展開(BtoB)と技術基盤を用いてさまざまな健康課題の解決手段を提供する顧客接点(BtoC)の両輪で健康課題の解決を図っていく「BtoB/BtoC連動モデル」※1構築への道筋を描き、プラズマ乳酸菌を軸に実践できたことです。これにより、2022年はプラズマ乳酸菌関連商品の売上金額が対前年比140%と大きく増加しました。この目標は私たちが特に達成したかった目標であり、達成したことで自信につながりました。最近ではプラズマ乳酸菌関連商品を手に取っていらっしゃるお客様の姿を街中でも見掛けるようになりました。また、プラズマ乳酸菌の広告のコミュニケーションを刷新したことや、超小型容器の「朝の免疫ケア」など自社商品の展開、ドラッグストアでのカバレッジアップ、外部企業への素材導出によって、顧客接点が大幅に増加したことが成果につながりました。

  1. BtoCビジネスで自社商品を販売することで得られる知見を活用し、素材販売にとどまらない新たなBtoBビジネスを展開する、両ビジネスが連動したビジネスモデル

さらに、パートナー企業にもプラズマ乳酸菌の価値を知っていただき、各社商品の販促活動に活用いただいていることも成果の一つです。素材導出の際には品質保証を重要視しており、パートナー企業に素材を販売して終わりではなく、パートナー企業の最終商品におけるプラズマ乳酸菌の活性評価についてもしっかり行っています。

私たちがプラズマ乳酸菌をはじめとした独自素材を自社で囲い込まず、パートナー企業に素材導出をしている理由は、当社グループが世の中の健康課題に貢献するという社会的意義を果たし、目指す姿を実現するためです。パートナー企業、商品が増えてお客様との接点が拡大することで、自社グループだけでは実現できない、より大きな「免疫対策市場」を形成できます。私たちが目指すのは「免疫ケアの日常化」です。日本国内では免疫ケアに関心はあるものの、実際に行動に移して免疫ケアを習慣化している人は少なく、私たちの調査ではわずか1割ほどという結果でした。市場には免疫に対するニーズは潜在的にあるのに、顕在化していない状態です。だからこそ私たちはパートナー企業の皆様とともに「免疫対策市場」を創造していきたいと思います。

事業化マインドをもった研究員を育成し、事業化のスピード感を上げる

――ヘルスサイエンス事業全体を通じて見えてきた「課題」をお聞かせください。

プラズマ乳酸菌以外のスペシャリティ素材で売上目標を達成できていないことが課題です。シチコリン※2は、目標としていた売上金額を達成できていません。ヒトミルクオリゴ糖(HMO)※3は3品目の製造菌株が中国で安全性審査を通過しましたが、タイの自社工場での商業生産が始まったばかりで販売開始はまだ先です。ヘルスサイエンス事業の規模感は十分ではないと感じています。

ヘルスサイエンス事業本部では2027年売上収益2,000億円を目標として掲げています。達成するためには、スペシャリティ素材の価値最大化が不可欠です。まずはプラズマ乳酸菌、ヒトミルクオリゴ糖、シチコリンの3つのスペシャリティ素材の価値最大化のために、ヒト試験を地道に根気よく進める必要があります。その次に協和発酵バイオが強みとしてきた素材開発力で、次なる「スペシャリティ素材」を発掘したいと思います。開発した素材がどのような健康課題に寄与するかというデータも、ヒト試験や解析を通じて一層増やさなければなりません。

ヘルスサイエンス事業のスピードを加速するために、2023年4月にヘルスサイエンス事業部の一部と、キリン中央研究所の一部機能を統合し、「ヘルスサイエンス研究所」をヘルスサイエンス事業本部内に設立しました。事業と研究開発部門を密接に連動させることで、素材の開発から事業化までのPDCAサイクルを早め、事業化マインドをもった研究員を育成していきます。元々あるキリン中央研究所は引き続きヘルスサイエンス領域におけるシーズ創出を目的に、中長期的な基礎・応用研究を進めていきます。各研究所が連携し、新たな素材の開発と事業化を、スピード感をもって進めていくことに期待しています。

もう一つの課題は、協和発酵バイオにおけるアミノ酸事業の収益性悪化です。業績悪化を受けて、2022年度に減損損失を計上しました。アミノ酸事業は売り上げ規模が大きいものの収益性が低く、商品のコモディティ化や、価格競争が厳しくなっていることが課題でした。昨年は原料価格や燃料価格の高騰、新型コロナウイルス感染拡大に伴うロックダウンによる中国上海工場の製造休止などでさらに厳しい状況となり、減損損失に至りました。環境変化のスピードが増していることを認識し、アミノ酸事業の縮小を当初の計画から前倒して進め、スペシャリティ素材への集中に舵を切ることで、来年の黒字化につなげたいと考えています。

  1. 脳や神経細胞にある細胞膜を維持する働きをもつ、体内に存在する成分。世界各国で脳疾患の治療薬や認知機能向上をサポートする健康食品などに利用されている素材
  2. 母乳に含まれるオリゴ糖の総称。200種類以上が母乳中に含まれており、「免疫」「脳機能」などに寄与する研究成果が報告されている

「BtoB/BtoC連動モデル」で、スペシャリティ素材を世界に展開

――ヘルスサイエンス領域における、キリングループの強みについてお聞かせください。

このビジネスモデルが当社グループ独自の強みになりつつあると認識しています。当社グループのスペシャリティ素材を他の企業に導出することが「BtoB」であり、一方でキリンビバレッジの飲料などを通じ、自ら商品化してお客様に届けることが「BtoC」です。まずは、プラズマ乳酸菌の事業が先行事例となりました。

プラズマ乳酸菌を素材として導出しようとするとき、当社グループが既にさまざまな商品を開発し販売している知見がパートナー企業との交渉や、商品開発に貢献しています。

この強みによって、まずはプラズマ乳酸菌でヘルスサイエンス事業の成長スピードを加速していきます。さらにはプラズマ乳酸菌で蓄積した知見を活用し、今後はヒトミルクオリゴ糖やシチコリンといったスペシャリティ素材もグローバルに販売を広げていきたいと考えています。

また、課題の解決や、非連続な成長実現のために、M&Aの活用も検討してきました。2023年4月に、豪州のナチュラルヘルス企業 Blackmoresについて、子会社化の手続きを進めることを発表しました。キリンのスペシャリティ素材と、オセアニア・東南アジア・中国のサプリメント業界で高いプレゼンスを持つBlackmoresのブランドを掛け合わせることで、スペシャリティ素材とBlackmoresブランド、双方の価値向上につながり、グローバルでの成長が実現できると期待しています。両社で「健康」という社会課題解決に取り組み、より多くの経済的価値と社会的価値を創出することを目指していきます。

――今後のヘルスサイエンス事業にかける意気込みをお聞かせください。

かつては、既存の企業によるイノベーションは難しいといわれていましたが、ここ十数年で企業発のイノベーションがどんどん起きています。イノベーションの原則は着想、育成、量産化といわれていますが、この量産化のステージでは企業の既存のプラットフォームを生かせます。当社グループの各事業会社がもつプラットフォームを活用し、新規事業であるヘルスサイエンス事業の成長をスピードアップする。当社グループはその流れを既に体現しています。

ヘルスサイエンス事業は今、「芽」が見えています。多彩なノウハウが当社グループの既存事業にたまっていて、多様な人財がいて、それらを活用できる恵まれた環境にいる。これこそが私たちの一番の強みです。

当社グループは、情熱のある組織です。力を合わせてヘルスサイエンス事業を育てようと、グループ全体が私たちを応援していて、それが成長に向かう原動力となっています。確かに、新しい事業の成長には時間がかかります。しかし、ここだけは焦らずにしっかりと育てていかなくてはいけません。プラズマ乳酸菌の事例を起点とし、ここから新しい素材の活用を進め、市場の拡大につなげます。そして将来はヘルスサイエンスを当社グループの経営を支える事業に成長させていきます。