KIRIN ・Yahoo! JAPAN 対談

KIRIN ・Yahoo! JAPAN 対談
境界なき復興から生まれたニューエコノミー
東日本大震災で築かれた新たな絆

  • キリン 絆プロジェクト

2011年3月11日。自分たちに何ができるかを考え、何をすべきかを議論し、いち早く復興応援に動き出した企業がある。
東日本大震災からわずか4ヶ月後に「復興応援 キリン絆プロジェクト」を立ち上げ、「地域食文化・食産業の復興支援」「子どもの笑顔づくり支援」「心と体の元気サポート」を3つの幹として現在まで様々な活動を続けているKIRIN。
震災直後から積極的な情報発信に努め、「ヤフー石巻復興ベース(現在は「ヤフー石巻ベース」)」、「ツール・ド・東北」など次々とプロジェクトを実行したYahoo! JAPAN。震災から9年が経過する中で、支援のかたちは変化してきたという。
そんな今、両社が共通して持つ「継続していくための課題」には、これからの企業の在り方も見え隠れする。真摯に復興応援に取り組んだからこそ生まれたニューエコノミーとは何か?

西田 修一

ヤフー株式会社 執行役員
コーポレートグループ
SR推進統括本部 統括本部長

天野 亮

キリンホールディングス株式会社
CSV戦略部
絆づくり推進室

延命措置では意味がない

2011年3月11日、KIRIN、Yahoo!JAPAN両社は、迅速に復興応援を実施されました。なぜ、そのような動きができたのでしょうか?

天野:キリンビール仙台工場の被災が影響しています。私たち自身、工場を完全停止し、倒壊したビールタンク撤去や浸水・破損した設備の復旧に追われるなど甚大な被害を受けました。
渦中にいたからこそ、周辺住民のみなさまの状況と課題を把握し、KIRINとして何ができるかをいち早く議論できたことが大きかったと考えています。

西田:災害時、いかにして復興応援に動くか、あらかじめガイドラインを設けていたんですか?

天野:あることにはありましたが、通常業務ができないような規模の災害に対して準備が十分だったとは言えませんでした。

西田:弊社も似た状況でした。阪神淡路大震災が起きた1995年1月17日当時、Yahoo! JAPANはまだありませんでした。その後、1996年にYahoo! JAPANが立ち上がり、2004年にはじめての大きな震災、新潟県中越地震を経験します。
中越地震をきっかけに、災害時の情報の出し方、例えばサイトトップに震度や震源地の情報を表示するようにもなったのですが、あの規模のことが起きると何をすべきなのかがわからなくなってしまったのが正直なところでした。
ただ、たくさんの人に見て頂いている、広く情報を届ける立場の組織として、手をこまねいているわけにもいきません。責任を果たすべく、文字通り全社一丸となって、何をすべきか模索していきました。

天野:走りながら考えたのは、私たちも同じです。「復興応援 キリン絆プロジェクト」の名の下、復興応援をスタートしました。
最初は、必要なインフラを整えるための義援金、そしてその後、自立した生活支援のためKIRINとして食にまつわる部分、具体的には農業・水産業の方にトラクターや養殖用の漁具を提供しました。

  • 復興応援  キリン 絆プロジェクト

天野:これは言わば、失ったものを取り返す、マイナスをゼロに戻す取り組みだったのですが、だんだんと、それでは不十分であるとわかってきます。

西田:どういうことでしょうか?

天野:実は被災された地域の中には、高齢化・過疎化によって限界を迎えていた場所も少なくなかったんです。地域としてのもともとの課題が根深く、震災がなくても10年後には無くなってしまっていたかもしれない。
マイナスをゼロに戻すだけでは延命措置にしかならないとわかり、マイナスからプラスへと持って行くべく、「地域ブランドの再生」「6次産業化の推進・販売拡大」「将来にわたる担い手・リーダー育成支援」など、応援のかたちを少しずつ変えていきました。

西田:被災地にずっといらっしゃるからこその気づきですね。弊社は基本的にはインターネット空間でサービスを展開していますので、拠点などを置いているほかは地域との直接的な関わりはあまり多くありませんでした。
震災から1ヶ月のタイミングで弊社の経営陣が現地視察に行き、その後、石巻に「石巻復興ベース(現在は石巻ベース)」を構えたことで、だんだんと、本当に手探りなんですけど、最前線で必要とされているものがなんなのかがわかるようになっていきました。

検索で募金「3.11、検索は応援になる。」のヒントは「水」

マイナスをプラスに変えたと感じられたプロジェクトはありましたか?

天野:理想的なかたちが作れたなと思うのは、チューハイ「キリン 氷結」です。
震災から2年が経過した2013年に、当時風評被害を受けていた福島県産の「和梨」を使用した商品と東北産の「りんご」を使用した商品を期間限定で発売し、2015年には福島県産の「もも」を使用した商品も発売しました。
飲料メーカーとして何ができるかと考え、期間限定で発売したものでしたが、「もも」はとくにお客様からもご好評をいただき、今では定番商品になっています。

  • 氷結

    ※「氷結Ⓡ もも」は、中味・パッケージ共に1月製造品から順次リニューアル。

西田:風評被害のある桃と聞くと、どうしてもリスクが先に立つと思うのですが、そこで組織として勇気を持って「応援するんだ」という気持ちを前に出されたこと、また、結果的にビジネスとして成立しているのがすばらしいですね。

天野:ありがとうございます。こちらの商品、福島の桃農家に感謝していただけたのはもちろん、商品を買ってくださった方からも「これを買えば応援できる」と好評だったのが印象的です。被災地以外にお住まいの方々の「何かしたいけど何をしたらいいかわからない」気持ちにぴったりはまりました。
これは、西田さんの手がけられた「3.11、検索は応援になる。」も同じなのではないかと思っています。個人的にも大変感銘を受けたプロジェクトだったのですが、どういう経緯、想いで実現したんでしょうか?

西田:当時、私はYahoo!検索のマーケティング責任者をしていました。どうすればみなさんがもっとYahoo! JAPANで検索をしてくださるか、もっと頼りにしてもらえるかを考える日々でした。
一方世間では、2013年から2014年にかけての時期に「風化」という言葉が取り沙汰され、問題になっていました。震災から3年が経ったとはいえ、まだまだ支援の必要な被災地。でも、そのことを忘れてしまう人が出てきている。
このふたつを同時に解決できないかと考えていたところで、ボルヴィックの「1ℓ for 10ℓ」に大きなヒントもらってできあがったのが「3.11、検索は応援になる」でした。

  • ボルヴィック

    ボルヴィックを1ℓ購入すると、ユニセフ(国連児童基金)との連携で、アフリカに住む人々に10ℓの清潔で安全な水が供給されるキャンペーン。2007年から2016年まで毎年実施され、累計3億228万57円、清潔で安全な水50億3681万7768ℓ分を西アフリカ、マリに届けた。

  • Yahoo! JAPANの「3.11、検索は応援になる」

天野:なんと! はじめてお聞きしました。

西田:はじめて言いました(笑)。「1ℓ for 10ℓ」は商品のマーケティングと社会課題の解決をクロスさせたコーズ・リレーテッド・マーケティングという手法で設計されています。
これをYahoo! 検索に転換した場合に何が生まれるだろうと考えた結果が、「3.11、検索は応援になる」。3月11日、ユーザーさんがYahoo! JAPANで「3.11」と検索されるごとに弊社が10円を寄付するキャンペーンです。
寄付金を募るのではなく、ユーザーさんの「忘れてないよ」、「応援してるよ」の気持ちを、検索窓を使って表していただく。私たちは、それをお金にして被災地に送る。今も毎年続けています。

天野:まさか「1ℓ for 10ℓ」を参考にしていただいたとは。とても、うれしく思います。

みんなで「プラス」を分かち合う

KIRINは2019年から「東北絆テーブル」の取り組みをスタートさせています。

天野:マイナスをゼロにするだけでは意味がないことに気づき、行動を起こされたのは、実は現地の方々なんです。
被災から9年が経って、復興応援を受ける立場から、より力強い、「自分たちで道を切り拓いていく」という姿勢にシフトされ、現在は、震災を機に現地に入ってきた企業と一緒に何ができるかを考えるステージに来ています。
そこをサポートできればと思って私たちがはじめたのが、「東北絆テーブル」の取り組みです。

  • 東北絆テーブルとは

天野:これまでやってきた復興応援は、個社での取り組みがほとんどでした。一つ一つの団体ごとにKIRINが支援するというプロジェクトのかたちが、90以上もあるような状態でした。これを継続するのは、双方にとって負担が大きいですし、情報やノウハウが伝播しないため、広がりが出ません。

西田:わかります。

天野:そういった経験を踏まえ、これからは個々ではなく、地域単位、県単位、ひいては東北全体で横につながって、もちろんKIRINもそこに入って、みんなでやっていきましょうと。
この「みんな」には、東北にずっと携わっている他企業も含みます。どの企業も、いかにして支援を継続していくかに苦心されているので、同じ課題を持つもの同士、企業の垣根を超えて一緒に連携していきたいと思っています。

西田:ヤフーも同じ課題を抱えています。
「石巻ベース」を前線基地にしたり、「ツール・ド・東北」という毎年全国から3000名以上のライダーが集まってくださる自転車のイベントを開催していますが、ヤフー側が主導権を握っているため、私たちが何らかの理由で「やめます」となればなくなってしまう。
これでは、サステナブルな取り組みとは言えません。そうならないために今はいかに「レガシー」として残すことができるか、頻繁に議論しています。
「あの会社があったから、この地域にこれがあるんだよね」と。それによって地域が潤い、ヤフーとしても誇りに思えるものを残していきたいという考え方です。

天野:同感です。東北絆テーブルには、自立支援の側面ともうひとつ、KIRINが掲げる「世界のCSV先進企業を目指す」というビジョンが根底にあります。
KIRINは、世界経済がめまぐるしく変化していくなかで、今後も持続的に成長を続けるために、日々深刻化する数々の社会課題にグループ一丸となって向き合い、CSV活動を進化させていかなくてはならないと考えています。
東北絆テーブルのような場を使って、他の企業と交流して新しいビジネスが立ち上がるかもしれませんし、もっとロングスパンで考えると、東北絆テーブルをきっかけに東北が盛り上がり、人が集まり、コミュニティができる。
そのとき、その語らいの場に、私たちの商品が傍にある。CSVを実践していく上で大切なのは、これらをきれいごとや理想論で終わらせず、しっかりと戦略を立てて実現していくことだと考えています。

西田:すごく共感します。

CSVが形成するニューエコノミー

美しいお話ですが、経済活動としては遠回りな印象を受けます。

西田:そうですね、歴史的に言うと、もともとはビジネスセクターとソーシャルセクターの対立がありました。例えば公害問題です。企業が社会にかけていた負担が露見し、ビジネスをしにくくなってしまいました。
状況を打破し、社会と共存していくために生まれたのが、企業の社会的責任を果たす CSRの考え方です。
そして、その先にいくのがCSV。CSRは利益が出ていることを前提としているため、景気が悪くなるとストップしてしまう。一方、CSVが実現できればその活動は永続的に続きます。
いずれにせよ、誰かのために施すのみではなく、何らかのかたちで社会を良くしつつ、その中で我々も利を得ていく。真の意味でのサステナブルが実現できるんです。

天野:ご質問のように、これまでのビジネスのやり方と比べて遠回りであることは確かですが、ずっと続く循環のかたちを作りにいくのが、CSV先進企業を目指すKIRINの意思です。

西田:ヤフーも同じです。じゃあCSVのV、Value(=価値)をどう定義するかと。
当然ビジネスにおける価値というのは、端的に言えばそれは売り上げ・利益という財務的に表されるものだったりするんですけれど、一方で昨今、企業価値には財務的な価値と非財務的な価値があって、特にESGなんかは非財務を評価していく仕組みで、それが世の中の流れでもあります。
KIRINさんもヤフーも、Valueを追い求めていくということですね。それはお金が儲かることかもしれないし、あるいはブランド価値が増すことかもしれない。

KIRINはそれを、東北絆テーブルでもやっていくと。

天野:そうですね。組織をあげ無我夢中で現地の方と共に取り組んできた復興応援が、結果的にCSVの萌芽となっているのは感慨深いです。「他者を巻き込んで東北絆テーブルをやれるのは、KIRINさんだからこそ」と言ってもらうことがあります。光栄なことです。
9年も経てば、当然ながら人も現場も変化します。それでもKIRINが存在感を出せたのは、活動範囲を制限せず、たくさんの方と接点を持ち、地域のみなさんに広く信頼していただけたからだと自負しております。

  • これまでの  企業による社会課題の解決

異業種連携ならではの可能性

今日の対談を経て、2社がこれまで以上に協力していく道もありそうでしょうか。

西田:これまではひとつの会社や、ひとつのグループが、東北に対して、自分たちのできることをそれぞれやってきました。しかし、これだけ情報共有の手段が発達し、また事例も出そろった今、なかなか革新的なアイデアは出てきません。 一方、今日のようにKIRINさんとヤフーの手札を見せ合うだけでも、知らないことばかりで刺激的。たいへん勉強になりました。
知見・強みのまったく違う2社が協力することで、新たな価値を作れる気がするので、これからもこうしてカードを見せ合う機会を作らせてもらえたらと思います。

天野:こちらも、同じ気持ちです。別分野の企業同士だからこそ、それぞれの事業と今までの知見をかけ合わせたときにどんなにいいことができるか、ものすごく可能性があると思っています。ぜひ今後も情報交換を重ねさせてください。今日は、ありがとうございました。

深いうなずきを何度となく交わしながら両社が共有したのは、復興応援の先に見えてきた、ニューエコノミーだった。
それは、企業間の垣根を超えて実施されるプロジェクトにより、関わる人のすべてが利を得るという新しい経済のあり方。
既にある業界区分ではなく、社会課題に合わせて企業が柔軟に融合し、価値とビジネスを作り出していく新しいスタンダード。CSV先進企業を目指す、2社の動向から目が離せない。

記事の内容をさらに深掘りする『DEEP STORY』。 復興応援の9年間を振り返り、東北の新しい未来へとすすむ人びとの思いに迫る。