CSV戦略担当役員メッセージ

2023年6月5日

環境経営と人的資本の強化で、
「世界のCSV先進企業」の達成を確実なものに

キリンホールディングス株式会社
常務執行役員
溝内 良輔

世界の環境先進企業として存在感を示しつつ、人権対策を強化していく

――長期経営構想キリングループ・ビジョン2027(KV2027)について、2022年の振り返りをお願いいたします。

2022年は、KV2027で掲げる「世界のCSV先進企業」の達成に向け、大きな進展を遂げた一年だったといえます。そうした背景として、環境経営における具体的な成果が挙げられます。

2022年7月、キリングループは世界の食品企業では初となるSBTイニシアチブの「SBTネットゼロ」の認定を取得しました。本認定は「キリングループ環境ビジョン2050」で掲げた長期目標が、パリ協定の水準と合致した科学的根拠に基づく目標であることが評価されたものです。現在、当社グループでは、2030年までの中期目標※1に向けて、バリューチェーンにおけるGHG排出量を削減しています。

また、2023年1月には、メルシャンが運営するシャトー・メルシャン 椀子ヴィンヤード(以下、椀子ヴィンヤード)が、環境省による「自然共生サイト」の認定相当に選定されました。この取り組みは「G7 2030年 自然協約(G7 2030 Nature Compact)」の下、生物多様性の高い地域を「自然共生サイト」と認定し、「30by30」※2の達成を目指すものです。2023年中には国内認定制度の正式運用が開始される予定で、認定されれば国際データベース「OECMs(Other Effective area-based Conservation Measures)」に登録される見通しです。

今回、認定相当を受けた「自然共生サイト」は、多くが山林や里山、湧水池などである中、農地として事業で活用されているのは椀子ヴィンヤードのみです。加えて、椀子ヴィンヤードは、日本のワイナリーで唯一「ワールド ベスト ヴィンヤード」に3年連続で選出されるなど、ワイナリーとしても非常に高い評価を得ています。つまり、本ヴィンヤードは、生物多様性の保全を通じた社会的価値とともにワイナリーとしての経済的価値を双方生み出す、CSVを体現する好事例といえます。

  • 写真:椀子ヴィンヤード

    椀子ヴィンヤード

  • 写真:椀子ヴィンヤード

  • 写真:椀子ヴィンヤード

  • 写真:椀子ヴィンヤード

    椀子ヴィンヤード

こうした成果を踏まえ、当社グループは、カナダ・モントリオールで開催された「生物多様性条約 第15回締約国会議(CBD・COP15)」に参加し、椀子ヴィンヤードにおけるネイチャー・ポジティブの取り組みを世界に向けて発表する機会を得ました。日本やアジアならではの人の営みと自然が共存するという自然観は、その有効性とともに、欧米諸国から驚きをもって迎えられました。自然資本の分野においては、日本にはグローバルをリードするだけのポテンシャルがあります。当社グループとしても自ら培った知見を有効に活用し、同分野のルールメーカーの一員としてグローバルなイニシアチブに参画していきます。

また、オーストラリアのライオンでは、Scope3の削減に向けたパイロットテストに参加しました。一般的にScope3におけるGHG排出量は、項目別の使用量に標準排出量をかけ合わせた推計値で開示されます。実績値を把握するのが理想ですが、数多くのアイテムのデータを数多くの取引先と交換するには膨大な労力が必要ですので、まだ一般的ではありません。また、サプライヤー側が原材料の削減や生産の合理化でGHGを削減しても、その分圧縮できる経費を理由にバイヤーから値下げを求められる恐れがあることも、Scope3の実数開示の阻害要因の一つとなっています。

そこで、ライオンではバリューチェーンの主要パートナー4社と共同で他社からは見えない形でそれぞれのGHG排出量の実数を独立した外部機関にプールすることで、バリューチェーン全体における正確なGHG排出量を計測しました。その結果、実測値は推計値よりも約11%低い値となり、かつ各社の削減計画を反映させることで2030年の削減見込みを当初より35%引き下げることに成功しました。この取り組みは、2022年11月にエジプトで開催された「国連気候変動枠組条約第27回締約国会議(COP27)」で先進的な事例としてライオンのCEOにより紹介されています。こうした一連の成果を通じ、当社グループは世界の環境先進企業の仲間入りができたのではないかと自負しています。

一方で、人権対策については課題があると認識しています。当社グループは2023年1月にミャンマーからの撤退を完了しました。ミャンマーへの事業参入の際は人権についてもデューデリジェンスを実施しましたが、軍部によるクーデターを予見することはできませんでした。私たちはミャンマーでの経験を教訓に、人権への取り組みをレベルアップしたいと考えています。昨年末には一般社団法人ビジネスと人権対話救済機構(JaCER)に加盟して人権尊重のための通報窓口を整備しました。本年は当社グループの人権ポリシーを改訂し、人権ガバナンスの体制を強化していく計画です。

またサプライチェーン上の人権に関する取り組みとして、当社グループはグローバルでSedex(Supplier Ethical Data Exchange)※3に加入しました。豪州のライオンでは、すでに一次調達の97%をSedex加盟のサプライヤーで構成しています。日本ではまだ加盟社数自体が少ない状況ですが、国内の食品・飲料メーカーの参画は増えていますので、業界全体で連携しながら人権に配慮した調達においてポジティブインパクトを創出できればと考えています。

  • 図:CSVパーパス

免疫関連商品の拡大と先進的な非財務情報の開示で、独自の事業変革を実現

――改めて、KV2027の達成に向けた長期的な展望をお聞かせください。

2022年、世界保健機構(WHO)はGAAP(Global Alcohol Action Plan)で、2030年までの「アルコールの有害な摂取」の低減目標を10%から20%に引き上げるなど、規制を強化しました。また、2025年に予定されている国連のハイレベル会合でもさらなる規制強化が予想されており、酒類の量的拡大は一層困難になります。

そうした中、パンデミックの発生を契機に世界中で免疫への関心が高まっています。ヘルスサイエンス領域の中核素材であるプラズマ乳酸菌を当社グループ各社で展開するのみならず、日本コカ・コーラ社へ外部導出を行った他、医薬品開発のための研究も始まるなど、着実な成長を続けています。

当社グループにおける免疫の取り組みは古く、2023年に35周年を迎える世界トップクラスの米国・ラホヤアレルギー免疫研究所(現:ラホヤ免疫研究所)の設立にも、実は当社グループが関わっています。現在も本研究所への支援は続けており、現在協和キリンが開発中の、アムジェンと共同開発・販売契約を締結したアトピー性皮膚炎治療薬「KHK4083」のリード抗体の発見にも貢献しました。

このように、免疫分野における長年の研究実績は、今日の医領域、ヘルスサイエンス領域双方での成果創出につながっています。今後も、プラズマ乳酸菌を筆頭に、ヒトミルクオリゴ糖(HMO)やシチコリンなどのスペシャリティ素材を育成し、酒類以外の事業ポートフォリオを充実させていくことで、酒類メーカーとしての責任を果たしながら、確たる成長を実現していきます。

他方、近年注目を集める非財務情報の開示については、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)が国内株式運用機関に対して実施した「優れたTCFD開示」調査において、2年連続で最も多くの運営機関から評価をいただきました。こうした成果に加え、2022年7月にはTNFD※4フレームワークのβ版に準拠し、「LEAPアプローチ」に基づく試行的開示を世界に先駆けて「キリングループ環境報告書2022」に掲載しました。これは世界初の事例として、「Financial Times」に取り上げられるなど、確かな手応えを感じています。

今後、IFRS財団によるISSBのサステナビリティ開示基準を筆頭に、TCFDのフレームワークに準拠した開示が広がっていくことを見据え、他社に先駆けた開示を続けることでデファクト・スタンダードの確立を目指し、ESG・非財務情報の開示における当社グループの構造優位性につなげていきます。

“場所”に注目したLEAPアプローチ

LEAPアプローチでは、自然との接点を発見する(Locate)、依存関係と影響を診断する(Evaluate)、リスクと機会を評価する(Assess)、自然関連リスクと機会に対応する準備を行い投資家に報告する(Prepare)の順で分析します。“場所”に焦点を当てて自然資本への依存や影響を評価し、優先順位を付ける新しいアプローチです。当社グループでは、自然資本に依存する企業として進めてきた取り組みをLEAPのフレームワークで整理し、深化させ、適切な開示につなげていきたいと考えています。

“場所”が商品の特徴を決める日本ワイン
~椀子ヴィンヤード~(A)

Locate
ワインの味わいを決める重要な要素の1つがその土地の個性、いわゆる「テロワール」
Evaluate
日本ワイン拡大のためにはブドウ畑の拡大が必要である。今回の対象は元遊休荒廃地
Assess
遊休荒廃地をブドウ畑にすることで良質な草原が創出され、豊かな生態系に貢献することを農研機構との共同研究で解明
Prepare
ネイチャー・ポジティブ、「30by30」に貢献する。共同研究成果は論文・環境報告書・Webで広く公開

水リスクが高く、水資源管理が特に重要な“場所”
~オーストラリアの工場流域~(B)

Locate
オーストラリアのビール事業の醸造所は、全て水ストレスの高い流域に位置している
Evaluate
経験的にもAqueductなどのツールでも、オーストラリアの水ストレスは非常に高く、数十年に一度、集中豪雨で洪水が発生すると被害が大きい
Assess
節水技術はグループ最高レベルだが、渇水が深刻化した場合に製造に支障が出る可能性が残る
Prepare
SBTs for Natureのメソドロジー開発に貢献し、これに沿った新たな目標の設定を目指す。実績は環境報告書・Webで広く公開

事業への影響が大きく、かつ自然や社会環境上も重要な“場所”
~スリランカの紅茶農園~(C)

Locate
「キリン 午後の紅茶」のおいしさを支えるのはスリランカの紅茶農園。農園内に沿岸大都市の水源が存在
Evaluate
日本が輸入するスリランカ産茶葉の約25%を「キリン 午後の紅茶」が使用。茶葉生産地は気候変動により水リスク・ストレスが増大し、豪雨で肥沃な土壌も流出
Assess
依存度が高いスリランカ産茶葉が持続可能に使えない場合は商品コンセプトが成立しなくなる
Prepare
2013年からスリランカの紅茶農園に対してレインフォレスト・アライアンス認証取得支援を実施。認証取得農園数・トレーニング農園数は環境報告書・Webで広く公開

人的資本を強化することで、キリングループの競争力を強化し、社会に貢献

――2023年以降のキリングループの取り組みについてお聞かせください。

KV2027の達成を見据え、CSVパーパスに基づいて、食、医、ヘルスサイエンス領域の成長につなげていきます。

2022年は、生物多様性・気候変動分野で世界に発信できる一定の成果を出すことができましたが、広く社会課題に目を向けて先手先手で対応を続けてきた成果でもあります。今後も情勢の変化に常に能動的に対応し続け、これまで以上に成果を創出しグローバルに発信していきます。

人的資本の強化については、2022年に新設された「人的資本経営コンソーシアム」で当社CEOの磯崎が発起人を務めるほか、有価証券報告書における人的資本記載についても前倒しで対応するなど、着実に施策を進めています。

人的資本への投資を拡大することは、社会からお預かりしている資産である人財の価値を高める、ということでもあります。企業の競争力と社会の資産の双方の向上につながりますので、CSVの基本といえます。私たちは人的資本の強化を通し、「世界のCSV先進企業」を実現していきたいと考えています。

  1. 2030年までに2019年比でグループ全体のScope1とScope2の合計を50%、Scope3を30%削減する
  2. 「2030年までに地球上の陸域及び海域の30%を保全・保護し、生物多様性の保全に貢献」することを目標に掲げた表明
  3. 企業がグローバルサプライチェーンにおける労働条件を管理・改善するためのオンラインプラットフォームを提供する、英国に本部を置く非営利団体。企業や組織が、責任ある持続可能なビジネス慣行を改善し、調達活動ができるよう、世界最大のサプライヤーエシカル情報共有プラットフォームで、「労働」「健康安全」「環境」「ビジネス倫理」の4領域において、世界共通のサプライヤー自己評価アンケートを実施している。世界180カ国・地域、65,000以上の企業、団体、工場、自営業者等が当サービスを利用している
  4. Taskforce on Nature-related Financial Disclosuresの略。企業などが自然に関連したリスク情報開示を行い、2030年までに自然の減少を食い止め回復軌道を目指すNature Positiveをもたらすよう資金の流れが転換されることを目指し、情報開示を行うためのフレームワークの開発、提供を目指す国際的な組織