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[食領域]

ビール表面の分子と泡の安定性に相関があることを解明

~ビールの苦味成分が表面で泡持ちを向上させる手助け~

  • 研究・技術

2018年8月10日

キリン株式会社

キリン株式会社(社長 磯崎功典)の酒類技術研究所(所長 井戸田裕二)は、国立研究開発法人 産業技術総合研究所(理事長 中鉢良治、以下、産総研)ナノ材料研究部門(研究部門長 佐々木毅)ナノ界面計測グループとの共同研究で、表面の解析に有効な分光法を用いて、ビール表面を直接測定し、表面におけるホップ由来の分子とビールに含まれるタンパク質の挙動を明らかにすることに成功しました。また、ビールの表面を調べることで、液体のビールの表面にはホップ由来の分子とタンパク質とが両方とも存在しており、さらに表面に現れているホップ由来の分子の存在量とビールの泡の安定性に相関があることを解明しました。本研究成果は、2018年8月10日(金)に、日本化学会が発行する学術誌Chemistry Lettersに掲載されます。また2018年9月10~13日に福岡国際会議場(福岡県福岡市博多区)で開催される第12回分子科学討論会でも発表される予定です。

研究の背景

ビールの主な原料は水、大麦を発芽させた麦芽、ホップ、ビール酵母ですが、中でもホップは、「ビールの魂」とも言われ、ビールの風味や特長を出す重要な原料です。ビールの苦味を与える成分は、主にホップに含まれる苦味成分であるイソフムロン類で、ビールの泡の形成にも影響を与えていることが知られています。ビールの泡は、見た目のおいしさだけでなく味わいを決める重要な要素の一つであり、ビールの泡の形成過程を調べ、泡が長時間安定して液体のビールの上に存在することはビールの品質ならびにおいしさの向上にとって重要な課題の一つでした。ビールの泡の形成、安定化にはタンパク質など液体中に含まれる高分子量の分子の介在が考えられており、泡の安定性にも実際にタンパク質は重要な役割を果たしています。液体そのものを調べることでタンパク質の作用と泡の形成や安定性との関連を調べることはこれまでにも数多く行われてきましたが、泡は液体の表面で発生するため、泡の形成過程を調べるにはそもそもビールの表面の情報が必要となり、表面は液体の内部と同じなのかどうかは全く分かっていませんでした。これは液体表面を分子のレベルで調べる手法がほとんど存在していなかったことが大きな要因となっていました。

研究の内容

SFG分光法は、物質の表面もしくは界面の分子を解析する測定方法の一つです。対照性が崩れる界面や表面からは特異な光であるSFG光が発生します。そのSFG光を利用して、固体表面に限らず、液体でもその表面や界面における分子の配向、秩序性、相互作用などを詳しく調べることができます。また、光を使った手法であるため、加熱や冷却など試料の温度や環境変化による表面の状態変化を調べることも可能です。一般に「泡」は気体と液体を基本構成としており、泡立つには親水性部分と疎水性部分をあわせ持つ分子がその境界面、つまり液体表面に存在しています。本研究では液体としてのビールの表面を測定することで、泡の形成過程や構成、特に気体との界面に存在する分子の挙動を調べました。今回測定対象としたビールは冷却して飲まれることが多いため、試料ステージを3℃に冷却し、SFG分光法を用いて冷却した状態のビール表面の測定を行いました。

まず、醸造時にホップが添加されている通常のビールとホップが添加されていないビールのSFGスペクトルを測定したところ、ホップが添加されているビールにだけ2926 cm-1の位置にピークが観測されました(図1)。次に、ビールの主要成分の、ホップエキス(イソフムロン類)、ホップに含まれるポリフェノールの一種であるイソキサントフモール、エタノール、およびビールから抽出したタンパク成分を、それぞれビールと同一濃度にした水溶液を参照試料として作成し、SFGスペクトルを測定しました(図2(a)~(d))。ホップエキス水溶液とイソキサントフモール水溶液では、ビール表面と同じ位置にSFGのピークが見られたのに対し、ビールに含まれるタンパク質水溶液やエタノール水溶液ではこの位置にはピークが見られませんでした。このことから、ビール表面のSFGスペクトルの2926 cm-1のピークはホップ由来のイソフムロン類かイソキサントフモールなどに由来すると考えられます。また、醸造時にビールに加えるホップ添加量が異なるビールの表面のSFGスペクトルを測定したところ、この2926 cm-1のピークは、ホップ添加量の増加とともに強度が増していく傾向を示しました(図3(a))。後述の図4で用いた市販のビールのホップ添加量は4.36g/Lであり、図3の◎にあたります。これらの実験結果は、ホップ由来の分子は表面に集まる傾向にあることを示しています。

図1 ビール表面のSFGスペクトル

赤矢印はホップ添加で見られるSFGの信号

図2 ビールを構成する主要成分の水溶液表面のSFGスペクトル

(a)ホップエキス水溶液表面、(b)イソキサントフモール―重水素化エタノール-重水溶液表面、(c)5%エタノール水溶液表面、(d)ビールから抽出したタンパク水溶液表面のSFGスペクトル

図3 ホップ添加量を変化させたときの(a)ホップ由来のSFGの信号強度の変化と、(b)ビールの泡の持続性のホップ添加量依存性

ビール醸造時に加えるホップ添加量を増やしていくと、泡の安定性(泡の持続時間)も向上しました(図3(b))。この傾向はホップの添加量を増やしてSFGスペクトルを測定した際の2926 cm-1のピーク強度の増加傾向と良い相関を示しており、ビール表面のホップ由来の分子が多いほど、ビールの泡の安定性が向上することが確かめられました。
泡の安定性には液体の表面粘性が関与することが知られていますが、粘性には液中の高分子量分子、特にタンパク質の存在が重要となります。ビールには、ホップとは別の原料由来の高分子量のタンパク質成分が含まれているので、ビール表面のタンパク質とホップとの関連を調べるために、市販ビールを水で希釈して表面のSFGスペクトルを測定しました。水で希釈したビール表面のSFGスペクトルでは、タンパク質特有のアミド結合由来の1630 cm-1のピークの強度と、ホップ由来の2926 cm-1ピークの強度が同じ振る舞いを示しており、表面ではホップ由来の分子とタンパク質とが共存していることが強く示唆されました(図4)。
これらのことから、ビール表面の水に対してタンパク質とホップ由来成分の疎水性の構造が相互作用してネットワークを形成し、泡の最表面に現れることで高い安定性を持つ泡が形成され、さらに表面に現れるホップの量が増加することで泡がより安定化した、と考えることができます。
ビールの泡の安定化には、表面のタンパク質の存在とともにホップ由来の分子の介在が重要であることは従来から提唱されてきましたが、今回、ホップ由来の分子とタンパク質が表面に共存することを、初めて実験的に確認しました。

図4 市販ビールを希釈した時の2926 cm-1のホップ由来のSFGの信号強度の濃度依存性と、 アミド結合由来のSFGの信号強度の濃度依存性

このように、ビールの泡の生成過程は、気体と液体との界面での分子によってもたらされる現象であるため、気液界面の構造を調べることでビールのような複雑な系でも分析が可能であることが示されました。ビールの表面で起こっている分子の協調的な相互作用によって泡を形成、安定化していく過程は分子科学的にも極めて興味深い対象です。
ビールの泡は、見た目のおいしさの他にも、酸化を防いだり、香り成分の揮発を防ぐなど、ふたのような役割もしています。泡に関与する成分の挙動を把握し、制御することは、ビールの泡の品質向上や泡の新しい価値を見い出す可能性もあります。本研究を踏まえ、お客様によりおいしいビールをお届けできるよう、今後のビール商品の開発につなげていきます。

キリングループは、あたらしい飲料文化をお客様と共に創り、人と社会に、もっと元気と潤いをひろげていきます。

※ 国立研究開発法人 産業技術総合研究所との共同リリース

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