社外取締役対談

社外取締役対談
実効性のある攻めのガバナンスで「世界のCSV先進企業」の実現へ

キリンホールディングス株式会社
独立社外取締役(指名・報酬諮問委員会委員)
柳 弘之(写真左)

1978年にヤマハ発動機(株)入社。2007年より同社執行役員生産本部長、2010年より同社代表取締役社長兼社長執行役員、2018年より同社代表取締役会長を務め、2022年同社顧問に就任。2019年より当社社外取締役。

キリンホールディングス株式会社
独立社外取締役(指名・報酬諮問委員会委員長)
松田 千恵子(写真右)

1987年に(株)日本長期信用銀行入行後、ムーディーズジャパン(株)、(株)コーポレイトディレクション、ブーズ・アンド・カンパニー(株)を経て、現在は東京都立大学経済経営学部教授、同大学院経営学研究科教授を務める。2016年より当社社外監査役、2020年より当社社外取締役。

事業ポートフォリオの最適化と横連携の強化で、成長基盤を盤石に

――2022年から新中計がスタートしました。取締役会では、2019年-2021年 中期経営計画(2019年中計)の成果、2022年-2024年中期経営計画(2022年中計)の策定についてどのような議論が行われたのでしょうか。

 2019年中計の成果は、大きく2つあります。1つ目は事業ポートフォリオの積極的な組み換えです。豪州飲料事業や、ミャンマーでの合弁事業の提携解消の決断と並行し、クラフトビール事業の強化やファンケルへの出資を含むヘルスサイエンス事業の拡大方針など、次期中計に向けた基本構想を固めることができました。

2つ目は、品質・SCM・マーケティング・R&D・ICT・人財について、キリングループ全体に横串を通す取り組みです。これにより組織能力が強化され、今後さらなる競争力向上が期待できます。取り組みを通じて縦軸(事業)と横軸(機能)の関係性が整理され、全体観がより明確になったと思います。

松田 私も柳さんのおっしゃる縦軸と横軸の議論は非常に重要だと思います。
2022年中計策定については、事業ポートフォリオに加えて、グループ全体の組織能力強化についても議論を深めることができました。事業の話に終始する企業も多い中、持株会社らしい議論ができたと感じています。また、一連の検討について、社外取締役を含む役員の活発な意見交換により、実りある議論が行われたことは改めて強調しておきたいと思います。

――キリングループのポートフォリオ経営については、どのように評価されますか?

松田 キリンホールディングスの取締役会にとって、「事業ポートフォリオ」は最重要議題の1つであり、毎回白熱した議論が繰り広げられています。「ヘルスサイエンス事業」もそうした中で常に検討されており、現状の事業環境とキリングループのリソースとの相性を考えると、将来性があり、キリングループの強みを生かせる事業と認識しています。一方、スピード感をもって事業を伸ばしていくには、自前主義にも限界があります。当社グループにない技術をもち、企業として親和性の高いファンケルを仲間に迎え入れたことは、双方に良い影響を与えると思います。

こうした取り組みについて、取締役会としては投資家からポジティブな反応が得られるものと想定していましたが、実際のリアクションは鈍く、株価は一時的に値を下げました。これらの要因としては、ヘルスサイエンス事業について、投資家を納得させられるだけの力強い成長ストーリーを提示できていないことが影響していると見ています。

 今後重要になるのは「ファンケルとどのようなビジネスモデルを構築するか」だと言えます。当社グループにない商品技術や独特のマーケティング技術を共有して、グループとしていかに競争力のあるビジネスモデルに仕立てていくか。当社グループの手腕が問われるところでしょう。

松田 ヘルスサイエンス事業は、キリンホールディングスのヘルスサイエンス事業本部や協和発酵バイオ、ファンケルなど複数のグループ企業で構成される事業であり、組織的な難易度も高くなっています。ただ、取り組みはかなり本格的に行われており、当社グループがこれらの組織を取りまとめ、持続的に成長させていけるかどうか、目に見える成果を出すことが肝要と考えます。

また、こうした注力事業の一方で、経営資源が有限である以上、優先順位の低い事業はより良い発展が期待できるオーナーに渡すことも検討、判断する必要があります。

 その流れで海外事業からの撤退が重なり、食領域のグローバル化が中途半端な状態になっていることを忘れてはなりません。当社グループは、食領域でも積極的にチャレンジしていく必要があると考えます。

ミャンマーからの事業撤退を学びに変え、成長事業の育成を急ぐ

――ミャンマーからの事業撤退については、どのような議論が行われたのでしょうか?

 当時の状況を鑑みれば、ミャンマーへの進出は合理的かつ適切な意思決定でしたし、撤退に至る一連の判断や対応、スピード感なども問題ありませんでした。そこで重要となるのが、今回の出来事から何を学び、何を教訓として受け継いでいくかという視点です。地政学的リスクが高まり続ける現代では、何が起こっても不思議ではありません。日頃から事業のバランスを重視した経営を継続し、突発的な問題にも機敏に対応できる体制づくりが大切だと感じます。

松田 今回得られた教訓の一つは、「民間企業とはいえ、市場の論理だけではなく国家の論理を改めて見据える必要がある」ということではないでしょうか。この点を踏まえておくことで、今後のM&AやJV組成においても、これまでと違った心構えをもつことができると考えます。

実は取締役会では、ミャンマーでクーデターが起こる以前から想定されるシナリオについて議論を重ねていました。また、クーデターの発生後も重要な局面では緊急の臨時取締役会も開催され、タイムリーな情報共有と意思決定が行われました。こうした備えがあったからこそ、今回のような未曾有の事態にも的確に対応できたのだと思います。一部では「時間がかかったのでは」との声もありますが、物事の複雑性を考えれば、これだけの短期間でよく話をまとめたものだというのが正直な感想です。

今回の出来事は、事業的な価値と社会的な価値のバランスを見極めるのが非常に難しい問題でした。そうした中で当社グループはCSV戦略に基づき、未来につながる的確な判断をしたと思います。ただ、今後は、ミャンマー事業に代わる新たな成長事業を育て上げることが急務です。

本質的なデジタル化とともに、豊かな成長環境を生かした人財育成を進める

――組織能力やデジタル化についてはいかがでしょうか?

 当社グループでは、一般に属人化しやすい営業分野においても構造化を進めています。取り組みの成果として、例えばキリンビールでは、消費者とブランドが接するシーンを明確に描き、アプローチ方法を整理することでビール類のシェアアップを実現するなど、大きな成果を上げています。

また、マーケティング分野でもグループ横断の取り組みが進んでいます。さらなる具体化に向けてはマーケティングに関する価値観の共有、目標の設定、成果の共有の3つが大切です。こうした取り組みを進めていく上では、国内外の経験・知見を全社的に共有するプラットフォームづくりが重要になってきます。

松田  一般に、メーカーは「つくるのが得意」な会社と「売るのが得意」な会社の2つに分かれます。当社グループを見ていると前者に属する企業という印象を強くします。「本麒麟」のCMで、タレントさんが味覚評価試験の多さに触れるシーンはまさに「キリンらしいな」と思いますし、技術力や研究能力の高いキリンならではの強みだと感じました。

だからといって「売る力」が弱いということではないのですが、当社グループ全体の真面目さが前面に出てしまって、ともすると硬い印象を与えかねません。ただ、グループ各社で行われている経営と現場の継続的な対話による改革成果や、今後実施予定のマーケティングのプランニングなど、着々と改善できていると感じています。

デジタル化については、DXという言葉で括って課題を抽象化することなく、具体的なICTの取り組みに落とし込み、着実にデジタル化を推進している点で評価できます。2022年の新たな統合基幹業務システムの稼働を皮切りに、さらなる改善に期待したいと思います。

 とはいえ、デジタル化はまだまだ「点」のレベルで、「面」には至っていない印象です。これについては、執行役員の皆さんも共通の認識をもっており、今後チャレンジされることと思います。「点」から「面」に「つながる」ことで、新しい価値を生み出せるでしょう。ヘルスサイエンス事業などを足がかりに、お客様と社会との新しいつながり方を見出してほしいですね。

他方、実はこれまで4回ほど、キリングループの皆さんとヤマハ発動機とでDXやSCMなどをテーマに技術交流会を実施しました。交流会を通じて、キリングループはリーンマネジメントが非常に進んでいると感じています。源流に醸造哲学「生への畏敬」があり、底流には「品質本位で五感を駆使したモノづくり」が愚直に流れています。ヤマハ発動機の底流にある「感性×技術」と通じ合うものを感じます。源流・底流を継承して、技術を磨き続けることはとても大切なことです。

また、SCMはすでに海外拠点を含めてグローバルなプラットフォームを構築しており、知見の集約・共有ができています。マーケティングやその他機能についても、同様の取り組みが進んでいくでしょう。

――人財育成についてもお聞かせください。

 グループ各社の工場や研究所を訪問し、それぞれの現場で技術や製品に対し情熱を燃やす姿を見ることができました。製造現場でより効率的に、より高品質なものを目指す情熱、研究現場では、もっとおいしいもの・もっとうれしくなるものを探す情熱。こうした情熱を絶やさないようサポートしさえすれば、人財は自ずと成長していきます。

私は人財の育成に関する評価軸として、①育成を構造化できているか、②主観・客観を織り交ぜた評価ができているか、③革新性(キレ)のある人事ができているか、④キリンらしい人事ができているかの4つが重要と考えています。今後も詳しく見ていきたいと思っていますが、特に当社グループは③革新性(キレ)のある人事を実践できる組織だと思います。

社長自らが若手人財育成プログラムを手掛けるなどの取り組みは少しずつ進んでいますが、今後の課題として、グローバル人財を育成する工夫も必要でしょう。

松田 柳さんがおっしゃる通り、マネジメントトレーニングについてはだいぶ意識されてきました。一方で、役員に対する意欲的な提案や若手有志による取り組みなど、自ら問題提起し、積極的なアクションにつなげていこうとする人財も増えていると感じます。

当社グループの従業員は環境的にはとても恵まれているにもかかわらず、本人たちがそこに気づけていない面もあるように感じます。今後は、キリングループが確かに魅力的な「場」であることをしっかりアピールすると同時に、これまでの施策の成果を検証し、より大胆な人事制度改革に着手するなど、将来を担う世代の活躍をさらに進められるようにしてほしいと思います。

実効性の高いガバナンス体制で、現場のイノベーションを後押し

――最後にガバナンス体制についてお聞かせください。

松田 ガバナンスを評価する際、設計的な面が注目されがちですが、重要なのは実効性です。キリンホールディングスの体制は、取締役の過半数を社外取締役が占め、取締役会議長や指名・報酬諮問委員会委員長も社外取締役が担っているほか、ダイバーシティにも配慮した構成になっており、マネジメントメンバーのガバナンスに対する覚悟が感じられます。

当社グループについて言えば、「啐啄(そったく)」のように、社外と社内の役員が互いに刺激しあうことで良い関係性を構築し、高い実効性を担保できているのではないでしょうか。

 私も松田さんと同じ評価です。積極的に社外取締役の意見を聞き入れていただき、実現につながっていることも多いと感じています。

一般にガバナンスというと、守りに入ってしまいがちです。今後の社外取締役の役割は、当社グループとして攻めのガバナンスに取り組んでいくために、果断な意思決定を強力に後押ししていくこと、そして現場のイノベーション活性化をサポートすることだと認識しています。

当社グループは、複数の事業領域をもつグループであり、各社がもつ強みや知見をいかに共有するかが将来的な成長を大きく左右するでしょう。現時点においても、全社的なシナジーを創出するプラットフォーム構築の機運が高まっており、今後ますます取り組みが加速していくものと考えています。

――本日は、当社グループへの期待や課題についてお話いただき、ありがとうございました。今回のお話を参考に、さらなる成長に向けて取り組みを推進してまいります。