社外取締役対談

2023年6月5日

社内外の力を融合し、ヘルスサイエンス事業の規模拡大を実現

独立社外取締役(取締役会議長)
森 正勝
1969年にアーサーアンダーセンアンドカンパニー入社。1989年よりアンダーセンコンサルティング(現 アクセンチュア(株))日本代表、代表取締役社長、代表取締役会長、取締役会長、最高顧問を歴任。2009年より国際大学学長、理事、副理事長を経て、特別顧問に就任(現任)。2015年より当社社外監査役、2019年より当社社外取締役。現在はスタンレー電気(株)社外取締役、(株)ファーストリテイリング社外監査役を兼務。

独立社外取締役(指名・報酬諮問委員会委員)
塩野 紀子
1983年に日本ニューメディア(株)入社。エスエス製薬(株)代表取締役社長、(株)コナミスポーツ&ライフ(現 コナミスポーツ(株))代表取締役社長、取締役会長を経て、現在はワイデックス(株)代表取締役社長を務める。2018年にキリン(株)社外取締役に就任。2019年より当社ストラテジック・アドバイザー、2020年より当社社外取締役。

グループ連携を深めてヘルスサイエンス事業の展開を加速

──2022年のキリンホールディングス取締役会で議論された話題や、社外取締役として言及されたことを教えてください。

 最重要議題は事業ポートフォリオの最適化です。キリングループが食から医にわたる領域でどのように価値を創造し、どのように価値を向上させていくのか、繰り返し議論してきました。

個別の案件として多く議題に挙がったのは、ミャンマー事業からの撤退と協和発酵バイオの構造改革です。これらの事象においては、今期の対応とリスク管理の両面を整理しました。

塩野 また2022年は、経営戦略の実行性を高めるべくR&Dやマーケティングなどの機能別戦略について議論を開始しました。取締役会では、CSV経営の加速に向けてグループ全体を機能的に動かしていくための実りある議論ができたと感じます。

──キリングループは祖業から培ってきた「発酵・バイオテクノロジー」をコアコンピタンスとし、これに基づいて現在はヘルスサイエンス領域に事業を拡大しています。この方針に対するご見解をお聞かせください。

塩野 前提として、既存事業の継続だけでは企業の確かな成長が見込めません。常に考えなくてはならないのが、自社のコアコンピタンス(アセット)を活用した、新たな価値創出です。これを当社グループに置き換えると、コア技術である「発酵・バイオテクノロジー」を応用して新たに健康分野(ヘルスサイエンス事業)へ参入するという点で当社グループにとって大きな意義があります。ヘルスサイエンス事業は健康課題の解決という意味ではCSVに直結する事業展開でもありますからね。

 塩野さんがおっしゃるように、企業は植物と同じで、成長が止まると枯れていきます。当社グループは既存事業だけでは枯れてしまうかもしれない。そうした中で、成長分野としてヘルスサイエンス事業に挑戦する戦略は社外取締役の観点からも的確だと考えます。

グローバルに市場が広がるヘルスサイエンスの領域は、多くの企業が目指す先です。その中で当社グループは一般的なヘルスサイエンスではなく、自分たちのコアコンピタンスである「発酵・バイオテクノロジー」を土台に、素材開発から商品の製造・販売まで一貫したビジネスを展開しています。それに加えて、例えば飲料などの食事業でもヘルスサイエンス領域の素材を取り入れた商品を展開するなど、グループ全体で足並みをそろえることで、事業全体のポジションが変化しつつあるのが見て取れます。

素材開発から商品の製造・販売まで一貫した仕組みを築き、
健康分野でも強みを発揮する

──ヘルスサイエンス領域の規模拡大のスピードや進捗について、どのようにご覧になっていますか。

塩野 食事業と医薬事業やヘルスサイエンス事業ではビジネスモデルが異なり、時間軸も変わってきます。食事業では比較的、新商品開発のリードタイムが短いですよね。その一方で、ヘルスサイエンス事業は身体への効果や効能を実証するため関係省庁への届出や許可など、さまざまなプロセスを経てやっと発売できます。このように商品開発サイクルが異なるため、ヘルスサイエンス事業のスピード感については、食品関連のアナリストや投資家の方々から見ると遅く感じられると思いますが、同じ健康産業の医薬品開発に比べれば早く感じるのではないでしょうか。

ただいずれにしても、マーケットは待ってくれないのは取締役会としても認識しています。お客様のニーズを的確に捉えて、スピード感をもって素材や商品を供給していくことが肝要であり、まさに2022年の取締役会では、重要議題としてヘルスサイエンス事業に焦点を当ててきました。特に協和発酵バイオがBtoBで提供しているスペシャリティ素材などの原料供給と、飲料などの食事業で当社グループが慣れ親しんでいるBtoCのビジネスモデルの結び付きが整理できた点は評価します。その成果として全体の事業戦略が整ったため、今後はさらにスピードが増していくことができると思います。

 スピードに関しては軌道に乗るまで多少時間がかかっているものの、遅れているとは感じていません。というのも、当社グループの従来の事業に限らず、世の中の多くの企業が行うのは「大量消費」に「大量生産」で応えるビジネスモデルだと思います。ところが健康分野となると、マーケットを複数のセグメントで分けて考えなくてはなりません。従来の食事業とは異なる考え方で当社グループがもつ素材とマーケットをつなぎ、各セグメントに焦点を合わせたビジネスを一からつくっています。そこに一定の時間はかかるのはやむを得ないと考えます。

塩野 投資家の方からさまざまなご意見があることは認識しつつも、グループシナジーの観点では、医薬事業を手掛ける協和キリンが仲間であることは追い風になるのではないでしょうか。最終的に人々の健康回復に寄与する医薬品を造る会社の存在があるからこそ、グループ全体で健康に取り組むことを掲げられるのだと思います。

 そうですね。ただ、協和キリンは当社グループの一員であるのと同時に、独立した上場企業です。キリンホールディングスの社外取締役としては、両社それぞれに株主様がいらっしゃるので、独立と協調のバランスが偏らないように留意する必要があると考えています。

──最近のキーワードとして「BtoB/BtoC連動モデル」※1という言葉が出てきて、キリングループのヘルスサイエンス領域の事業展開に可能性が見えてきました。このモデルについてはどのようにお考えでしょうか。

塩野 ヘルスサイエンス事業では、協和発酵バイオの素材を(1)他社に提供して商品化を委ねるBtoBモデルと、(2)キリンビバレッジの飲料などを通じて⾃ら商品化し、お客様に届けるBtoCモデルを組み合わせた、当社グループ独⾃の「BtoB∕BtoC連動モデル」の確立に向けて取り組みを進めています。すでに取組みを開始しているプラズマ乳酸菌だけでなく、シチコリン※2ヒトミルクオリゴ糖(HMO)※3といった次なる素材でも展開していく方針です。

健康分野におけるビジネスで重要なことは、商品が広くあまねくいろいろな人の役に立つように間口を広げることです。消費者が健康関連商品を選ぶ基準は「自分のライフスタイルに合うかどうか」であり、幅広いお客様に手に取ってもらえるように工夫する必要があります。自社で良い素材を生み出し、その効果が実証されている。その上で素材を購入して製品化したいと思ってくださるパートナー企業がいるのであれば、「BtoB/BtoC連動モデル」に乗せることで、間口を広げ成長させていくべきだと思います。

 私が社外監査役を務めているファーストリテイリング社は、素材の開発・生産から最終販売まで一貫した仕組みに変革しました。これによって消費者のニーズをつかみ、そこをめがけた商品展開を行うことで成功し、衣料産業でブレイクスルーを起こしています。

当社グループの健康分野でも、単に素材開発から商品の製造・販売まで一貫した仕組みをつくるだけではなく、マーケットをセグメントごとに分けて考え、それぞれのセグメントに対して最適な商品をお届けするための素材から開発できることは強みになります。グループ内での素材の展開にとどまらず、原料そのものを他社に供給して広げていく「BtoB/BtoC連動モデル」を進めていく意義はあると思います。

  1. BtoCビジネスで自社商品を販売することで得られる知見を活用し、素材販売にとどまらない新たなBtoBビジネスを展開する、両ビジネスが連動したビジネスモデル。
  2. 脳や神経細胞にある細胞膜を維持する働きをもつ、体内に存在する成分。世界各国で脳疾患の治療薬や認知機能向上をサポートする健康食品などに利用されている素材。
  3. 母乳に含まれるオリゴ糖の総称。200種類以上が母乳中に含まれており、「免疫」「脳機能」などに寄与する研究成果が報告されている。

──へルスサイエンス事業の成長の確実性については、どのようにご覧になっていますか。

 長期経営構想キリングループ・ビジョン2027(KV2027)では、ヘルスサイエンス事業として売上収益2,000億円という目標を掲げています。なかなか難易度の高い数字ではありますが、達成可能な目標だと見ています。なぜならヘルスサイエンス事業は、キリンホールディングスのヘルスサイエンス事業本部が舵を取り、協和発酵バイオ、キリンビバレッジ、ファンケルなど、健康関連商品を扱う複数の事業体が一体となって動いているからです。健康領域は競業企業や新規参入が多く大きな挑戦ですが、当社グループの成長戦略として取り込む経営陣の決意に賛同します。

塩野 当社グループが健康分野に参入することには、いくつかの利点があると考えます。まずは、技術優位性がある場合においては、参入障壁が高く、競争優位性が図れること。実際に、プラズマ乳酸菌を使用した「iMUSE」が免疫で機能性表示食品として届出受理されました。安全性と機能性がエビデンスによって認められることで、他社がこの分野に参入しづらくなっており、当社グループに競争優位性があるといえます。

この優位性があることで、今年は日本コカ・コーラ社にプラズマ乳酸菌を提供することになりました。コカ・コーラ社といえば飲料事業では競合会社ですので、画期的な取り組みです。また、当社グループが食事業で培ってきた「KIRIN」のブランド力と信頼を発揮できれば、売上収益2,000億円は十分達成できる目標だと評価します。

多様性を取り込み、海外事業をマネジメントできる人財を育てていく

──キリングループが海外でも存在感を高めていくためにはどうすればよいでしょうか。

 これまでの海外事業を振り返ると、ブラジル事業や豪州の飲料事業、ミャンマー事業からの撤退の件では株主の皆様に大変なご迷惑をお掛けしました。豪州のライオンもまだ多くのチャレンジを抱えています。これらの経験から海外事業における当社グループの課題は、現地法人をマネージし、海外戦略を実行できる「グローバル人財」の育成です。

企業が新たな地域に進出する時、必ずグローバル人財が求められます。ところが実情としてグローバル人財が不足しており、育成が急務と考えています。特にヘルスサイエンス事業は北米やアジア・パシフィックを中心に可能性が広がっているので、海外市場を開拓できる人財の育成がますます重要になります。

塩野 同感です。これは多くの日本企業に当てはまる課題ですが、当社グループには女性の管理職や外国籍の従業員、海外経験のある人財が少なく、いわば同質化している状態です。このように自分たちが多様化していない状態で、海外の多様な価値観をマネージすることは難しいのではないでしょうか。実は社外取締役の間でも、この議論はよく出ています。

海外事業をマネジメントできる人財を育てるために、例えば外国人も含めた外部人財を登用する、他社とパートナーシップを組んで自分たちと異なる価値観を取り入れるといった方法で、外の視点を取り込んでいく必要があります。2022年より当社グループは人財戦略を刷新しています。外国籍の従業員を積極的に採用する動きもあり、このチャレンジは順調に進み始めていると認識しています。

組織能力の変革でより強いプロフェッショナル集団へ

──キリングループが掲げる「イノベーションを生む4つの組織能力」の強化に向けた取り組みについて、社外取締役としてのご見解をお聞かせください。

(1)多様な人財と挑戦する風土

塩野 率直に言うと、従業員の構成を、より大胆に変革してもよいのではないかと思っています。当社グループの人財育成の軸は、新卒を一括採用し、幅広い業務を経験させて適性の高いところに配置する日本型のモデルが中心でした。そこに足りないスキルや経験を外部からのキャリア採用で補ってはいますが、ただ、それだけでは十分ではありません。

重要なのは、両者を融合させることです。つまり、外から入ってきた知見やスキルが、生え抜きの従業員に受け継がれる環境をつくること。そうして縦と横のつながりが生まれることで、チーム全体の専門性が高められるのではないでしょうか。これを実現する方法として、中間管理職の層にキャリア入社や外国籍の人を招き入れることが有効だと考えます。外部の視点が内部に還流することで、イノベーションのスピードが増していくような組織への変革を期待しています。

 今般、組織能力の強化においては、従来のような広く何でも分かる「ジェネラリスト」ではなく、専門性の高い「プロフェッショナル」が求められています。特定の職種に関する高度な知見とスキルをもっており、他社の同じ職種の人と戦える。そうした人財が集まった強い集団へと進化しなくてはなりません。これができると、塩野さんが提案されているような外部からのプロフェッショナル人財を採用し定着しやすくなると思います。

(2)確かな価値を生む技術力

塩野 ビール事業を展開している企業の中でも、当社グループは基礎研究に力を入れていると自負しています。特に当社グループが着目しているバイオテクノロジーの分野には、将来性があります。世の中ではここ数年で「ヴィーガン」が注目されるようになりましたが、今後は薬や健康関連商品の原料に動物を使っていない、汚染されていない、ケミカルではないといった側面がますます重視されるでしょう。そうした中で当社グループが微生物・植物の分野の高い研究技術をもっていることは、今後の糧になると思います。

その一方で、こうした基礎研究と発酵・バイオテクノロジーの強みがあるにもかかわらず、それが外部から理解されていないように感じます。謙虚さも大切ですが、ヘルスサイエンス事業での技術力・開発力を存分にアピールして発信していくべきだと考えています。

(3)お客様主語のマーケティング力

 ヘルスサイエンス事業において、「お客様を知る」ことは不可欠です。お客様のニーズを可視化できるデジタルマーケティングの技術は必須であり、日進月歩で進展していますが、当社グループはこの分野でまだまだ伸ばせる余地がある印象です。お客様とつながり、お客様を知る。そこで得たデータに基づいて商品戦略を構想していく力を、さらに強化していかなくてはなりません。クラフトビールや「ホームタップ」を筆頭に、ビール事業においても「個人」のお客様との連携が欠かせなくなっています。デジタルマーケティングの分野の変革には着目していきたいですね。

(4)価値創造を加速するICT

 マーケティングに限らず、ICT全般に注力する必要性を感じています。当社グループは直近、古くなった経理・生産・物流のシステムをSAPに置き換えましたが、これまではあくまで過去の整理です。これから注力すべきは、経営のためのICTの利活用です。今後はICTを重要な経営改革ツールと捉え、「コストとリスクが最小限で済み、経営への効果が高い」部分から優先的にICT化を考えていく必要があるでしょう。

──キリングループ2022年-2024年中期経営計画(2022年中計)より、上記4つの組織能力に加えて、新たに「品質本位の徹底」と「効率と持続可能性を両立するSCM体制の構築」が追加されました。この項目についてはどのようにお考えですか?

 良い判断だと思います。特に、SCMの強化が大事です。なぜなら当社グループの根幹は製造業であり、工場稼働率や在庫水準といった製造・物流機能が肝になるからです。売れ筋をいかに早く仕込み、死に筋をいかに早く止めるか。これは当社グループの基本的な体力として鍛えるべきだと考えます。SCM体制を重要な組織能力として位置付けたことで、さらなる強化に期待しています。

執行側との信頼関係の上に成り立つ、強靭なガバナンス体制

──社外取締役からご覧になって、キリングループのカバナンス体制は「機能している」といえるでしょうか。

 2015年に社外監査役に就任してから当社グループを見てきましたが、キリンホールディングスの現在のコーポレートガバナンスは「一流」といえるレベルまで来ている、というのが率直な感想です。過去数年にわたり社外取締役と社内役員の信頼関係の下で改革を進めてきました。

私たちとCEOの磯崎さんとの信頼関係は深く、その信頼関係があるからこそ、社外取締役が中心となってCEOの評価制度ができています。例えば経営者として将来のビジョンをもち、その実現に向けて先を見据えた投資や人財育成にも取り組んでいるかどうか。社外取締役は短期的、長期的に、CEOが企業にどれほど貢献しているか監督する機能をもっています。

多くの企業が「短期的な業績」を中心に社長の報酬を決めている中で、キリンホールディングスは「中長期的な評価」を加えています。同時に、社外取締役も自動再任ではなく指名報酬委員会で毎年評価を受けるとともに、取締役実効性評価にも反映し任期にとらわれない強いボードになっていると胸を張れます。

塩野 会議の場で、社外取締役がCEOをはじめとする執行側に忖度せず、率直な意見を述べていますよね。取締役会を構成する一員として、ガバナンスが効いていると実感する場面です。

 議長として最も気にすることは、グループ内の経営課題が議題としてタイムリーに挙がってきているかどうかです。仮に社内で重要な事が起きたとしても、議題に取り上げていただかなかったら外部の私たちは気付く術がないですからね。その点において、キリンホールディングスではグループ内の重要な経営課題を逐一報告していただいており、対応策についてもタイムリーに議論できています。こうした側面に信頼関係が表れていると感じます。

経営計画や事業戦略にしても、必ず取締役会で議論を繰り返した末に最終決議に至っています。社外取締役が述べた意見に対して執行側が反映する・しないを整理し、また次の提案にまとめてくる。こうした循環により、理想的な形で意志決定が行われています。

──ガバナンス体制における今後の課題はいかがでしょうか。

 課題を挙げるとすると、グローバルなガバナンス体制を強化していく必要があると感じます。先程の人財の話ともつながりますが、海外事業会社をマネージできる人財を育てて任命するのと同時に、現地の状況をいち早く正確に把握し、変化に迅速に対応できる体制を強化していきたいと思います。

塩野 しいて言うなら、もう少し執行側の皆様が取締役会で発言してもいいのではないかと感じています。執行役員の皆さんは事前に社内で十分議論した後であることは承知しているのですが、今後は取締役会での議論をさらに活性化させたいですね。

私たち社外取締役は、執行メンバーにとって付加価値を提供できる存在でないといけないと考えています。社内での議論の結果に対して社外取締役から別の目線が入り、それぞれの分野から建設的な意見をする。そうしてよりよい決定をしていけることに貢献したいと思います。

──本日は、キリングループへの期待や課題についてお話しいただき、ありがとうございました。今回のお話を参考に、さらなる成長に向けて取り組みを推進してまいります。

取材時期:2023年3月