ステークホルダーとのエンゲージメント 2025年
「ビジネスと人権」における中長期課題と社会から期待される企業姿勢・アクション
人権方針改定時のエンゲージメント
サプライチェーンの人権リスク評価と活動計画の策定にあたって(2022年5月)
人権方針制定時のエンゲージメント
キリングループは、「人権リスクマップ」に基づいて人権デューデリジェンスを実施しています。事業内容や展開地域の特性を踏まえた取り組みを推進していますが、グローバル企業として見落としがちな人権課題がないか、また必要な体制や施策について検討しております。さらに、今後の中長期計画の策定および実行にあたり、幅広い観点からご意見・ご提案をいただきました。
人権尊重の取り組みと、さらなる推進に向けて
キリングループは、社会課題の解決を通じて経済価値を創出する「CSV経営」を掲げ、その理念はグループ全体に着実に浸透しています。そして「ビジネスと人権」への取り組みは、CSV経営を支える基本的な基盤として位置づけています。
2018年に策定した人権方針を、2023年10月に改定し、同年にはグループの事業特性や展開地域を踏まえた潜在的な人権課題を洗い出し、人権リスクマップを整理しました。
今回のステークホルダー・ダイアログでは、グループの「人権リスクマップの網羅性とさらなる推進の期待」、「現場と本社をつなげるグローバルガバナンス体制(専門家の配置、社外との連携がカギ)」、そして「声がより届く組織に」について、社外有識者の皆様と意見交換を行いました。
参加者
社外有職者(順不同)
大阪経済法科大学
国際学部教授
菅原 絵美氏
国際労働機関(ILO)
プロジェクトコーディネーター
渉外・労働基準専門官
田中 竜介氏
キリングループ
CPO(グループ人財統括)
坪井 純子
SCM戦略執行役員
岩崎 昭良
CSV戦略執行役員
藤川 宏
司会(人財戦略部部長)
猪塚 聡
人権リスクマップの網羅性とさらなる推進の期待
- 司会
- 人権リスクマップに基づき、リスクの重要度(普遍性・深刻度)と事業への関連性を踏まえて優先順位を付けて取り組みを進めておりますが、酒類・飲料、医薬、ヘルスサイエンスの各事業領域、重視すべきステークホルダー、展開地域・国など、すべての重要な観点を網羅できていますか。
- 田中氏
- キリングループの事業内容を踏まえて23項目からなる人権リスクマップを見ると、網羅性は満たしており、食料飲料品に象徴的な課題が取り上げられていると感じました。グローバルな観点からも、「強制労働」、「児童労働」および「労働安全衛生」は極めて重要な人権課題です。世界の強制労働の被害者は2,760万人、児童労働は1億3,800万人に上るとされ、これに関わる企業には国際基準に基づいた対応が求められています。ILOの中核的労働基準に労働安全衛生が加わり、日本政府も条約批准に向かっていて、企業の積極的な取り組みへの期待が高まっています。
- 司会
- 今回の対話にあたり、当社のウェブサイト等もご覧いただいたと聞いていますが、指導原則でも求められている透明性を高めるための情報開示についてはいかがでしょうか?
- 田中氏
- 人権に関する情報開示では、負の影響にどのように取り組んでいるかをステークホルダーに十分に説明するため、文章や視覚的資料に加えて、目的や優先順位を踏まえたストーリーによって御社の活動全体の方向性を透明性高く示すことが重要です。国内外のサステナビリティレポートを比較すると、海外では「多様性」や「人的資本」などのキーメッセージを冒頭に掲げ、これを文章と画像の両面で説明する傾向があります。一方で、調査結果のみを淡々と報告する姿勢では、何を目指した活動なのか分かりづらく、ステークホルダーとの距離が生まれがちです。具体的な改善事例や通報対応のプロセス、成果までを開示することで、企業の姿勢が「近づいてくる」印象となり、意味のあるエンゲージメントと合わせることで、信頼性と説得力が高まります。
- 藤川
- ステークホルダーの方々の志向としては、目的や優先順位について語ったうえで取り組みを説明するという全体ストーリーが人権についても重要ということですね。
- 菅原氏
- キリングループが人権リスクに対して、どの現場に目を向けているかを具体的に明示することが重要です。例えば、スリランカでの人権デューデリジェンス(DD)アセスメントでは「問題点が見つかり、改善を目指す」と開示されていますが、「誰に対して、どのような改善を働きかけ、結果どうだったのか」は書かれていません。企業としては取り組みの実効性が見える開示が求められます。更に救済・是正の仕組みがあることが伝わると、より説得力が増すでしょう。
- 坪井
- キリングループでは、人権に限らず、様々な調査において「リスクが出てきたら困る」という発想ではなく、むしろ問題やリスクが顕在化することで改善につながるというメッセージをグループ内外に発信しています。
- 岩崎
- 原料原産地の品質情報を開示する際、ネガティブな印象が生じる懸念がありましたが、人権リスクの確認を外部に伝えることを優先し、開示を実施しました。
- 菅原氏
- 今後は、調査概要だけでなく、ライツホルダーやサプライヤーとのエンゲージメントに関して、具体的な問題点、改善事例、成果までを開示していただきたいです。
- 坪井
- ライツホルダーとのエンゲージメントについては、1年ほど前から検討を進めており、今後さらに取り組みを強化していく必要があると改めて感じました。
- 菅原氏
- また、多くの企業がマーケティング領域を人権課題として捉えていない中、キリングループでは人権課題としてのこの領域を位置づけ、メディア業界の人権問題について企業としての姿勢を開示するという先進的な取組を行っています。これらの取り組みを人権リスクマップと連動させることで、マーケティングにおける人権尊重の働きかけとしての意味を持たせることができます。そのためには、「何に対して、どのように働きかけているのか」を明確に情報開示することが、あるべき姿だと考えます。
- 坪井
- メディア業界についての取り組みを評価いただき、ありがとうございます。開示に関しては、これまで取り組みはしてきたものの、積極的な開示が十分にできていない部分もありましたが、社外の多様な受け手の視点に立ったわかりやすさを重視し、改善していく必要があると感じています。今後、ウェブサイトの改定も予定*しています。
-
*2025年6月にウェブサイト改定済み
現場と本社をつなげるグローバルガバナンス体制(専門家の配置、社外との連携がカギ)
- 田中氏
- グローバルガバナンスについて、私から質問です。もし金銭的リソースと人的リソースに制限がないと仮定して、皆さんのやりたいこと、あるべき姿をお伺いさせてください。
- 藤川
- 私も国内外の先進企業の体制の話を聞いて、あるべき姿をお聞きしたいと思っていました。ミャンマーにいたときに人権のガバナンス体制についてグローバル企業との違いを感じていました。予算や人財に制約がなければ、各国の事業会社に人権担当がいて自律的に人権DDを実践できている状態が理想と考えていましたが、現在、事業展開国の人権リスクについて現地の声を反映できていません。同じ業界のグローバル先進企業だと、専門性が高い人が長い間人権を担当して、各事業の現場を見て回っています。各国・各地域の現場が人権DDの知見をもって人権DDをやっていくか、本社に専門家がいて現場を見て回って対応していくのか、その違いを理解したうえで、ストラクチャーを整備したいと思います。
- 岩崎
- 原材料の調達先を人権DDの対象として選定する際、社内リソースに制約があるため、「当該国の人権リスク」と「事業への影響」の二軸に絞って対応しています。しかし、それ以外の調達先における人権リスクの実態は十分に把握できていません。企業として優先順位を付けざるを得ないことは理解しますが、優先度が低い調達先においても、末端で負の影響を受けている可能性のある人々の声に耳を傾けるべきだと考えます。
- 坪井
- 私たちがこれからグローバル展開をしていくのはアジア・パシフィックが中心となりますが、オーストラリアでは進んでいる一方、アジアは国によって法律をはじめビジネス環境が違う中、我々はまだ現場を十分に把握できているとは言えない状況です。国の歴史・文化・民族構成など背景が異なる中、同じことを言っても伝わらない場合もあるため、現場をより深く理解できるような体制・仕組みを作る必要があると考えます。
- 田中氏
- 伺ってよかったです。人的・金銭的リソースの制限がないときに経営陣がやりたいことがその企業の本質だと感じています。今、皆さんから各国の人権課題を知ることが重要だと共通の意見を伺いました。「人権の専門家をどこに置くか」の課題について、正解はありません。あるグローバル企業の話では、現場の従業員が実際に児童労働を見たとしても、知識・感度がないので見過ごしてしまい、本社に問題が上がってこない、そこでリスクのある現場では、既に人権の取組をされている他社と協力して知見を得ることにしたそうです。また、ある海外企業は、現場に専門人材を置いてNGOと連携することで外部の視点が入り、ソリューションも得られると聞いています。現場の人権DDまで至っていない企業でも、各国・各地域の現場の従業員の人権の感度を高めるため、人権方針を浸透させ、人権の大切さを知ってもらい、取引先に対して人権方針の概要を伝えていく、それだけでも全然違うと話していました。
- 坪井
- 人権の専門家は本社に配置、という先入観がありましたので、現場に置くという発想は参考になりました。
- 藤川
- 営業担当や工場の人たちが現場で「これは人権方針に照らし合わせるとどうなんだろう?」と考えて、本社に知らせてくれることほど効率的なことはないですね。事業領域や地域によって人権リスクは異なりますので、本社ですべて把握するのは限度があります。やはり現場から情報収集する、把握できる仕組みを作らなければいけないと改めて気づきました。
- 田中氏
- 営業現場で人権リスクを把握しようとした背景には、企業のコスト意識もあります。特にグローバル企業の場合、本社から現場は遠く、リスクの実態把握も容易ではありません。営業現場で実態をよく知る人に感度を上げて本社に報告を上げてもらうことで、人権リスクの軽減とリスク把握の効率化の両方が実現できます。
- 岩崎
- 現場の従業員が担当地域の人権課題に意識を向けることで、それが自社ブランドの評判(レピュテーション)に影響することを理解してもらうことが重要ですね。
- 菅原氏
- グローバルガバナンス体制の本質は「人権方針」。「ビジネスと人権」に関する指導原則に書いてあるとおり、取引先との間で人権の問題が起こった時に契約を切るのではなく、一緒に改善していく姿勢を持つことが重要です。日ごろ社内および取引先の従業員の声を聞くグリーバンスをベースとした人権DDも有効かと考えています。現場の従業員が、取引先の従業員の声で、気になったことを人権担当に伝えることで何かできることもあるのではないでしょうか。国内グローバル企業の1社では、まずは人権リスク案を本社のメンバーで作成後、各国のメンバーを呼んで、その内容について意見を聞いて反映しているそうです。各国の現場が見つけた人権リスクが本社に伝わること、各国のメンバーが自分たちで人権リスクを見つけて対応を考えるという2つの利点があります。また、ある企業からは、CSR窓口に寄せられたNGOからの問い合わせがグリーバンスメカニズムとして機能して、それを契機に自社の取引先の人権調査を行うと聞きました。
- 坪井
- 自社だけで閉じるのではなく、NGOなども巻き込んで人権課題を把握し、エコシステムを形成していくのも一つのやり方としてありますね。
- 菅原氏
- 社会に根深くある問題を企業単独でキャッチし、解決するのは難しいので、様々なステークホルダーと連携することで進めることが肝要と思います。オーストラリアの現代奴隷法のEffectivenessをどう図るかの基準にも通じます。
声がより届く組織に
- 司会
- 今まで取り組むべき課題やガバナンス体制についてお考えを伺いましたが、それ以外にビジネスと人権を進めるうえで、企業に求められる役割や取り組みについてご意見いただけますか。
- 田中氏
- 非財務情報開示の一環で、ビジネスと人権の進捗を示す指標の設定についてコメントします。経営層が10年先、20年先を見据えたときに、人権課題に自社がどう向き合っていくのかというビジョンをもって、従業員全員に浸透させられるような指標を設定することが重要です。日本企業では「人権研修の受講率」をKPIとして掲げる例が多く見られますが、ライツホルダーの視点からすると、研修の受講率の開示だけでは不十分であり、「従業員が何を理解し、どのような行動を起こしたのか」が問われます。例えば、研修前に「人権とは何か」「何を実現したいか」を尋ね、研修後に「理解は向上したか」「社内で説明できるか」「社外に自社の取り組みを伝達できるか」を確認することで、成果が可視化されると考えます。
- 坪井
- 指標については、研修受講率は確かに第一歩だと認識しています。また、「なぜ人権が重要なのか」を理解することが一番重要であり、形式的に研修を実施するだけでなく、背景や目的をストーリーとして伝え、それに沿ったKPIを設定していきたいと考えます。
- 田中氏
- 本当に困っている人は、声を上げることなく静かに会社を去っていくことがあります。グリーバンスで声を上げても、それが人権リスクとして認識されない場合、通報する意欲すら失われてしまいます。本日皆さんのお話を伺い、「人権リスクを知りたい」という思いがあることを心強く感じました。その「知りたい」という気持ちを、経営としてどう具体化するのか、従業員の皆さんに明確なゴールとビジョンを伝えていただければと思います。
- 菅原氏
- 当事者が安心して社内窓口に相談できるためには、昇進やキャリア開発の機会が公正かつ透明であることが不可欠です。通報によって「ハラスメント耐性がない」と見なされ、キャリアに悪影響が及ぶと感じれば、相談窓口は利用されません。また、相談や通報が実効的に被害者の救済につながることが重要です。さらに、是正・救済のための連携を社外にも広げていただきたいです。ホットラインを通じた対話は、法的・医学的対応に偏りがちですが、通報者には生活面での不安もあるため、企業だけで救済を完結させるのではなく、生活支援などの公的機関や専門家との連携先リストがあると安心して利用できると思います。
- 岩崎
- 社会の変化に伴い人権リスクは多様化していますが、重要なのは、問題発生時に「声を上げやすい環境」を整備することだと考えます。さらに、声を上げれば会社が適切に対応するという信頼関係を築くことは、企業としての責任であり目指すべき姿です。人権リスクを完全にゼロにすることは困難ですが、人権侵害が起きた際に「会社が支援してくれる」という安心感を高めることが社会から求められています。
- 坪井
- カルチャーとして根付かせることが重要だと考えています。人権課題やリスクを掘り起こし、継続的に対応していく姿勢を企業文化として定着させたいです。また、ウェルビーイングの捉え方についても検討を進めていますが、人権はその基盤であり、マイナスをゼロにしていく取り組みだと考えています。キリングループでは、長年「従業員と会社はイコールパートナー」と掲げてきましたが、真の意味でのWin-Winの関係を築き、従業員がいきいきと働けることで会社も成長できる、そのような好循環を実現していきたいです。本日は、貴重なご意見をいただき、ありがとうございました。