CSV担当役員メッセージ
CSV経営を共感から実践へ、財務・非財務統合による価値創造を加速
キリングループ・ビジョン2027(KV2027)から「Innovate2035!」へ
地政学リスクの拡大、気候変動の深刻化、生物多様性の損失、人権・人的資本への注目の高まり、そしてアルコールを巡る社会意識の変化など、当社グループを取り巻く外部環境は構造的に厳しさを増しています。
成熟市場における少子高齢化の加速、地域経済やコミュニティの持続性確保も喫緊の課題です。企業には、グローバルとローカル双方の課題に向き合う統合的な対応力が求められています。これらは当社にとってリスクであると同時に、長期成長の機会にもなり得ます。私はこの局面を、キリンが培ってきた強みを活用し、将来価値の創出確度を高める好機だと捉えています。
当社グループはCSVを企業活動の中核に据えていますが、これは近年になって新たに掲げた特別な取り組みではありません。その根底には、創業以来大切にしてきた「生への畏敬」という思想があります。自然の恵みを原点とする事業を営む企業として、生命や自然と真摯に向き合い、社会に価値を還元することは、キリンにとって経営の原点でした。CSVは、その思想を現代の経営環境に即して言語化し、戦略として整理したものに他なりません。
2025年度を振り返ると、各事業が掲げてきたCSVコミットメントの着実な進捗が見られました。あわせて、グループ・マテリアリティ・マトリックス(GMM)の改定を通じて、CSVをより事業戦略と結びつける形へと進化させることができました。酒類の有害摂取撲滅の取り組みは着実に進み、環境の取り組みも進化し、コミュニティで受け入れていただける活動が複数実現し、健康課題解決に貢献するヘルスサイエンスの事業基盤も構築できました。KV2027で掲げた「世界のCSV先進企業になる」というビジョンは、成果を上げることができたと感じています。
こうした歩みを踏まえ、長期経営構想「Innovate2035!」では、さらなるCSV経営の進化に向けてCSVパーパスを改定しました。私が特に強調したい変更点は、「健康」をCSVパーパスの中心的な柱として明確に位置付けたことです。「生活者のこころとからだの健康に貢献する」ことを軸に、酒類、飲料・ヘルスサイエンス、医薬を横断し、生活者の価値観の変化と社会課題の双方に応える成長を目指していきます。新たなCSVパーパスの下で、「健康」「環境」「コミュニティ」、そして「酒類事業を営むキリングループとしての責任」という各領域において、事業を通じ、経済的価値と社会的価値の創造を加速させます。
また、戦略を環境変化に応じて機動的に見直す考え方へと転換したことに伴い、CSVコミットメントについても3カ年ローリングで進捗を管理する仕組みへ移行していきます。コミットメントを掲げること自体が目的ではなく、実践と改善を継続するための経営プロセスへと進化させることが重要です。
CSVパーパス
CSV経営の進化と、価値創造の実践
特に2020年代中盤になって、グループ会社を含む幅広い領域で、社会価値と経済価値を同時に生み出す事例が一段と増えています。CSVが理念にとどまらず、具体的な成果として積み上がってきていることを、私自身も実感しています。
例えば、当社は早い段階から「環境ビジョン2050」を打ち出し「生物資源」「水資源」「容器包装」「気候変動」をテーマに、環境課題への取り組みを統合的に進めてきました。TCFDに基づく開示や、TNFDを見据えた自然資本の情報開示に先進的に取り組んできたのも、環境のリスクと機会が将来の事業価値に直結するという認識が、経営の中に一貫してあったからです。
2025年には、「キリン 午後の紅茶」の主要原料原産地であるスリランカにおいて、初めての試みとなる「キリンフォーラム」を開催しました。アカデミアや国際機関と連携し、多様なパートナーとの共創により社会的インパクトの創出をリードする取り組みです。2013年から継続してきた紅茶農園への「レインフォレスト・アライアンス認証」取得支援を発展させ、気候変動緩和と生物多様性保全の両面に寄与する環境再生型農業への移行を加速させているだけでなく、農園従業員のウェルビーイング調査を通じて、コミュニティの社会課題を定量的に特定し、発信しました。自社だけでなく、グローバルなステークホルダーとの共創を通じて、地域のレジリエンス向上と事業サプライチェーンの強靭化を同時に実現する戦略的な取り組みへと進化しており、「環境×コミュニティ」の価値創造を体現する事例の一つです。
ワイン事業を通じたネイチャー・ポジティブ経営も新たなステージへと進化しています。メルシャンの「シャトー・メルシャン 椀子ヴィンヤード」は、環境省の自然共生サイトに認定され、生物多様性の回復にとどまらず、圃場でのボランティアプログラムを通じた地域コミュニティとの関係性を深めるモデルケースとして確立しつつあります。2025年2月には城の平、2026年3月には天狗沢も自然共生サイトに認定されました。自然資本の健全性は将来のコスト構造や供給安定性に影響する重要な要素であり、私はこれを長期的な事業価値の安定性を高める投資と位置付けています。これらは、地域の方々との共創を通じて、自然資本の再生と事業価値の拡大を同時に実現する試みです。
商品を通じた価値創造の実践も着実に広がっています。キリンビールの「キリン 氷結®mottainai」は規格外の国産果実を活用した限定商品として2024年5月に発売し、再販や流通限定品も合わせシリーズとして8SKUまで拡大しました。第1弾の浜なしは、2026年3月より通年化しCSVを象徴する事例として社内外で認識されています。また、合わせて開始した「モッタイナイ!を、おいしい!に。プロジェクト」では、規格外の国産果実を原料として活用し、「mottainai」シリーズの売上の一部を農家へ寄付する仕組みを構築しました。2025年には「キリン 午後の紅茶」へも展開し、原料調達から商品開発、コミュニケーションまでCSVを一連のプロセスに組み込み、社会価値と経済価値を創出しています。
同様に酒類事業では、「未来に向けて人と人とのつながりをつくり、日本各地の地域コミュニティを元気にする活動」をテーマに、47都道府県の自治体と連携し、売上の一部を活用して地域を支援する通年ビール商品「キリン グッドエール」を2025年10月に発売しました。発売からわずか4カ月で、2025~2026年の目標額の7割に相当する寄付額2,800万円を突破しています。ブランド活動への関与が高まるほど購入意向も高まるというデータも確認できており、社会課題の解決を起点とした商品が、収益性と生活者からの支持の双方を獲得しています。
ヘルスサイエンス領域では、ファンケルとの協業によるアンチエイジング領域の研究深化や、子どもの体調管理に着目した「キリン つよいぞ!ムテキッズ」など、幅広い生活者に向けた価値提供が拡大しています。免疫の司令塔に着目したプラズマ乳酸菌研究をはじめ、免疫調節と腸内環境の関係性に関する知見を強みに、医療機関・アカデミアとの連携による研究から、飲料・食品・サプリメントとしての日常的な摂取までを一気通貫でつなぐ、医と食を横断するキリンならではの価値提供が進んでいます。特に、飲料とヘルスサイエンスを一体で捉える方向性は、実践力を高めるための重要な布石です。
また、年に一度開催されるキリングループアワードでは、従業員一人ひとりが自身の業務を通じてCSVに取り組み、挑戦や創意工夫を重ねて価値創造につなげている事例を称えています。昨年は、新規事業創発プログラムから生まれた「エレキソルト」と、ブラックモアズによるAIを活用したイノベーションパイプラインの取り組みが最優秀賞の一角を占めました。いずれも、生活者起点で価値を設計し、データと科学で検証し、ブランドと現場力で社会実装までつなげている事例です。この統合能力を高めることが、価値創造のリードタイム短縮と確度向上、そしてグループのビジョンの実現につながると考えています。
これらの取り組みに共通するのは、①社会課題の構造理解、②研究開発・現場力・ブランド力の統合、③財務成果への接続という因果関係の明確さです。私は、非財務の論点を「コスト」や「要請」としてではなく、競争優位を形成する投資として捉え、その成果を中長期のキャッシュ・フロー創出力として示していくことが重要だと考えています。
CSVは「分かっている」だけでは成果にならない
統合と実装の次の段階へ
CSV経営と価値創造が着実に進んでおり、エンゲージメント調査でもCSVへの共感は約9割に達する状況です。また、実践度を示す指標は2025年度に前年比で統計的に有意な改善が確認され、バリューチェーンに関わる部門や個人において実践の広がりが見られます。
私は、方針や体制を整えるだけでなく、現場での実行確度を高める対話、そして改善の循環を通じて、マルチステークホルダーの信頼を着実に積み上げていくことが重要だと考えています。
私は最近、「非財務」という言葉が、あたかも財務と切り離された論点であるかのような誤解を生み得ることを改めて実感しています。だからこそ、非財務を将来の財務成果につながる「プレ財務」として捉え、経営の意思決定に組み込む必要があります。GMMとCSVパーパスは、そのための共通言語です。
2026年は、財務・非財務の統合に向けた本格的な転換点です。経営企画部長を担っている私が、この春からCSVも管掌することになり、その統合を加速させます。
投資家をはじめとするステークホルダーの関心は、財務情報だけでは評価しきれない非財務情報へと明らかに拡大しています。ISSB/SSBJ等の開示基準が本格化し、財務と非財務の一体的な評価が標準となる今こそ、企業価値を左右するのは、統合されたストーリーの一貫性と、長期視点での競争優位性の実証です。
最後に、私自身の2026年のAmbitionは明確です。共感を実践に変え、実践を成果へとつなげ、その成果を次の投資と変革へ循環させること。CSVを「特別な取り組み」ではなく、「意思決定の前提」として経営の中に根付かせること。環境・健康・コミュニティの各領域で、社会価値と経済価値を両立させる事例をさらに積み重ね、2035年のビジョン実現に向け、グループ全体で挑戦を続けてまいります。