マーケティング・デジタル担当役員×R&D担当役員対談

マーケティング・デジタル担当役員×R&D担当役員対

企業価値につながるイノベーション

研究開発とマーケティングによる企業価値の創出

藤原:
R&D寄りの話からになってしまって恐縮ですが、私が取締役を務める協和キリンの2025年度事業利益は1,023億円に達しました。そのドライバーはCrysvitaです。売上収益で言うと2,164億円で、キリングループ連結売上収益の9%近くを占めています。Crysvitaの抗FGF23抗体は、キリンビール医薬事業時代の研究に遡ります。これは、キリングループが、企業価値を創造する研究開発力、イノベーションを起こす力を持っていることの証左です。私も元々はビール酵母を研究していたのですが、免疫研究のやり方は医薬事業から教えてもらったのです。酒類、飲料だけでなく、医薬もあるキリンだからこそプラズマ乳酸菌発見もできたと言っていいと思います。
山形:
Crysvitaのような医薬品、つまり疾患のある人の治療ニーズというのは健康価値の中核ですね。一方で、プラズマ乳酸菌のように「健康な人の免疫を維持する」という場合には、マーケティングの出番です。健康寿命の延伸はとても大きな社会課題ですが、健康な人に必要性を感じてもらうのは簡単ではありません。発見者の藤原さんに対しては失礼かもしれませんが、生活者は、プラズマ乳酸菌が体内でどのようなメカニズムにより免疫を維持するのか意識して生活していないですから。
藤原:
そのとおりで、当時最も苦労したのは、技術の価値を伝える難しさです。プラズマ乳酸菌を機関投資家の皆さまにIRと一緒に説明して回ったのですが、関心は持ってもらえたものの本当に企業価値に結びつくのかというのが率直な反応でしたし、お客様からも、一般的に見れば、単なる乳酸菌の一つだと受け取られていました。
山形:
私がプラズマ乳酸菌のプロジェクトに正式に参画したのは2022年ぐらいからでしたが、優れた技術やアイデアそのものを一所懸命伝えようとすること自体、お客様にとってあまり意味はないと思います。プラズマ乳酸菌の機能を伝えることが目的なのではなく、免疫というものがお客様の生活に「もしかすると重要なのではないか」と感じてもらい、いかに生活の中に取り入れてもらえるかを意識して、一緒に取り組ませてもらいました。技術そのものにとどまらず、それをどのように生活者の暮らしに浸透させていくか。この双方が揃ってこそ、真のイノベーションが生まれると考えています。
キリンの祖業であるビールについても同じことが言えると思います。ビールはおいしいから売れた、それも事実でしょう。しかし、それを家庭に届けて絶えず補充していく「三河屋のサブちゃん」が生活に組み込まれたからこそ、今日のようなポジションを得たのです。
藤原:
社会へ届けることの重要性は、全く同感です。研究者が優秀かどうかは、いかに拡張性のある筋のいい研究を打ち出していけるかが鍵になります。プラズマ乳酸菌は死菌でも効果が同じであることで、汎用性が極めて高い。研究員にもそのような事業センスを養っていくことを重視しています。

掛け合わせにより生まれるキリンならではのイノベーション

藤原:
早い段階からマーケティングと一緒に出口を設定しながら進めることがイノベーションを企業価値につなげるために重要ですね。現在、R&Dとマーケティングの部門が協力して、アンチエイジングの分野に取り組んでいますが、加齢対策は人々の究極的な健康課題であり、キリンが以前から研究してきた領域です。
山形:
アンチエイジングのように、「イノベーションの種」をグループ全体がキャッチアップし、育てていく体制が必要です。プラズマ乳酸菌の事業化に成功した事業創造部はまさにそれだったと思います。
藤原:
2016年に発足した事業創造部ですね。10人に満たない部員の中に、開発者である私はもちろん、マーケティング、生産、営業など、あらゆるバリューチェーンの人材が揃っていました。だからこそ、スピーディかつ高い精度で、アイデアを一つの事業に仕上げいくことができました。
山形:
まさにそうした成功体験は、キリングループの強みとして継承されていますよね。キリンならではのイニシアティブの取り方や仕組みとして、取締役会や経営陣に共有していく。そこから、他社に真似できないオンリーワンなイノベーションを次々と創出する企業になることですね。
藤原:
例えば、家電業界においては、一つのトランジスタという技術をテレビやラジオなど、あらゆる形、チャネルで使い尽くして事業を拡大してきました。さまざまなバリューチェーンのアイデアを取り入れながら、複数の顧客とのタッチポイントに合わせて設計していく発想が、酒類、飲料・ヘルスサイエンス、医薬を持つキリングループだからこそできると確信しています。
  • 事業創造部は、健康を中心とした社会課題に関する新規事業を開発する目的で2016年に設置された組織で、その役割は現在もヘルスサイエンス事業の新規事業グループに引き継がれている。

AIとのイノベーション共創

山形:
生活者とのタッチポイントという観点では、これからはAIが生活の中に入ってきます。AIによってお客様の購買行動は「モノを買う」ことから「体験・解決策を買う」ものに変化していきます。例えば怪我をした時、絆創膏や消毒液、包帯など、具体的な対応策を決めた上でプロダクトを探すのではなく、そもそも「怪我を治すためには何をしたらいいのか」、ワンストップでの解決策自体を生活者は求めることになります。メーカーである当社も、お客様が求めるモノに限らず、体験のためのサービスやソリューションを作り出すことが求められてくると思います。
藤原:
お客様が「体験」を重視するようになると、健康維持や予防などの領域は打ち手が必要ですね。脂肪低減に効果のあるお茶がヒットしたのは、体重計で数値が見えるからです。既にプロトタイプのリリースを行った免疫可視化サービスは、まさにそのための技術です。
山形:
健康に限らず嗜好品も同じですが、体験価値の提供や見える化、顧客データによって、商品・サービスのパーソナライズ化も進むと思います。そこで、より重要になるのがブランドです。ブランドは単なるラベリングではなく、体験というリレーションシップを生み出すものです。企業やサービス、技術など、さまざまな形で生活者に寄り添い、「信頼」のリレーションシップを構築していくこと、それが今後ますますブランドに求められていく大切な役割です。
顧客とのタッチポイントが非常に大切になります。キリングループには、ビールをはじめとする飲料から医薬品まで、お子様からご高齢の方、患者さんとそのご家族まで幅広いタッチポイントを持てる商品・ブランドがあります。生活者とのリレーションシップを深めて、AIでデータを活用していくためには、ダイレクトな顧客接点が必要になります。キリングループに参画したファンケルは、まさに顧客との直接接点とCRMにおいて大きな強みを持っています。
藤原:
ファンケルは研究開発にも強みがある事業会社ですが、R&Dの分野も、AIによって研究開発スピードが圧倒的に速くなります。医薬事業では、一つのプロダクトを生み出すのに15年以上かかるとされ、研究に最も時間がかかる分野でしたが、AIの活用で先行しており、これをヘルスサイエンス、つまり食品分野にも応用しています。現在、製薬AIを活用した研究期間の短縮について富士通株式会社と共同研究を行っており、成果が上がり始めています。また、機能性食品の届出に必要なシステマティックレビューにおいても、これまで多くの論文を読み込んで作る必要がありましたが、AIを使うことで圧倒的なスピードで行えるようになります。特許の出願も、人が時間をかける必要はなくなるかもしれません。研究開発期間の短縮はそのまま企業価値に直結することとなります。
今後の課題としては、キリングループにまだ活用できていないデータをどう活用していくかということですね。例えば、ビールの消費者調査と成分分析のデータが10万件以上蓄積されていましたが、人力でその関連因子を決定するには膨大な時間とコストがかかるところ、2025年12月より株式会社日立製作所との共同研究をスタートさせ、お客様の嗜好を予測することができるようになりました。もちろん、AIでアウトプットされたビールを実際に造るにはキリンビールの現場力が必要であり、これこそがキリンのイノベーションの源泉です。キリングループが持つ「宝の山」をAIで解析し、新しい法則や発見を生み出します。

マーケティングとR&D、双方から描くキリンのイノベーションの進化

山形:
先ほどの消費者調査データの活用もそうですが、今後のイノベーションの創出において、最終的に重要になるのは「お客様理解」です。マーケティングはその中心にならないといけない。AIによる人々の行動や市場の変化に対応するために、お客様が真に求めているものを捉え、それに合わせて技術を創造していく。AIはそのための技術として極めて重要ですが、それ自体が目的ではない。
藤原:
たしかに顧客理解は我々が最も重要とすべき考え方です。お客様に届けるという意味では、キリングループ全体で、かなり仕組みが整ってきました。R&D部門としては、そこに破壊的なソリューションを放り込むことが使命だと考えています。
日本は近年、組織力を重視するあまり、個人が持つ突破力を信じられなくなっていました。しかし、革新的な研究における最初の一歩は、研究者それぞれが持つ好奇心から生まれます。好奇心だけは他人と共有できないんです。だからこそ、一人ひとりが未来を考え、真に役立つものを目指して行動する。そんな「本物の研究者」、私はそれをスター研究員と呼んでいるのですが、そのような研究者を数多く育成し、キリンホールディングスのイノベーション創出を、研究面から促進していきます。