確かな価値を生む技術力―研究開発力と知財戦略を掛け合わせた競争戦略

2023年6月5日

キリングループでは、「確かな価値を生む技術力」をイノベーションを支える組織能力の一つとして掲げ、事業、R&D、知財が三位一体となって活動することで競争優位な状況を築き、持続的な成長に貢献していきます。

発酵・バイオテクノロジーを根幹にした研究開発

キリングループは、発酵・バイオテクノロジーをベースに、技術力を発展させ、食から医にわたる領域に事業を拡大させてきました。ヘルスサイエンス領域においても、ビール醸造で培った発酵技術や原料加⼯の知見をベースに、微⽣物や植物がもつ健康機能性を引き出し、新たな商品を⽣み出してきました。プラズマ乳酸菌を配合した「iMUSE」ブランドの清涼飲料やサプリメントを開発、また、ホップの機能性に着目し、ノンアルコール・ビールテイスト飲料「キリン カラダフリー」といった機能性表示食品の開発につなげてきました。また、協和発酵バイオでは、スペシャリティ素材であるシチコリン※1やヒトミルクオリゴ糖※2などの機能性素材を微生物の力を使った発酵技術で⼤量⽣産させ、BtoB事業として海外へも展開していきます。協和キリンでは、独自に確立したポテリジェント技術やヒト抗体産生技術など、抗体医薬品を効率的に創製するなどの、技術を発展させることでグローバル製品クリースビータやポテリジオを開発し、事業へつなげてきました。

持続的成長のための経営諸課題(グループ・マテリアリティ・マトリックス)を基に、重点領域を定めて研究開発資源を投入しており、2022年の研究開発費は、国内の酒類・飲料事業に注力していた2016年に比べ、グループ全体で約2割増加させており、食・ヘルスサイエンス領域に限れば約3割増加させてきました。今後も、お客様や社会からの科学的エビデンスに対する期待が高い「ヘルスサイエンス」や「環境」といった分野に対して研究開発資源を投じていきます。

  1. 脳や神経細胞にある細胞膜を維持する働きをもつ、体内に存在する成分。世界各国で脳疾患の治療薬や認知機能向上をサポートする健康食品などに利用されている素材
  2. 母乳に含まれるオリゴ糖の総称。200種類以上が母乳中に含まれており、「免疫」「脳機能」などに寄与する研究成果が報告されている
  • 図:ビール製造

事業化への確度を高める研究開発体制

食領域、ヘルスサイエンス領域においては、キリンホールディングスのキリン中央研究所、飲料未来研究所、パッケージイノベーション研究所において基礎研究と事業化を見据えた応用研究を行い、各事業会社・事業部の研究所においては生み出された技術を活用した商品の開発など、事業に直結する研究開発を行っています。また、医領域においては、協和キリンが中心となって研究開発活動を行い、さらに医薬品にとどまらない価値提供も目指してキリンホールディングスのキリン中央研究所との協働取り組みを推進しています。

  • 図:事業化への確度を高める研究開発体制

  • 図:事業化への確度を高める研究開発体制

ヘルスサイエンス領域では、2023年4月にヘルスサイエンス研究所を新設します。これまでは、短期から中長期の開発までを担っていたキリン中央研究所の一部の機能を切り出し、ヘルスサイエンス事業部にあった研究開発機能と統合、ヘルスサイエンス事業本部の直下に配置します。事業展開が進んでいる健康素材(プラズマ乳酸菌、ヒトミルクオリゴ糖、シチコリンなど)を対象とする研究所を新設することで、マーケティング活動とより密接に連動した機能性開発を行い、健康機能性商品をスピード感をもって創出し事業戦略の実行力を高めていきます。一方、キリン中央研究所では、将来を見据えた新たな価値創出のための基礎研究に集中して取り組みます。研究開発から商品発売までに時間を要する健康機能性素材の開発だからこそ、マーケティング戦略と研究開発戦略を連動させ、事業と密に連携したヘルスサイエンス研究所と、中長期を見据えたキリン中央研究所が両輪となって継続的に新たな健康機能性商品・サービスを創出し続けていきます。

グループ事業の特性に合わせた知財戦略

当社グループの研究開発活動と連動し、食領域ではキリンホールディングス知財戦略推進部が、ヘルスサイエンス領域ではキリンホールディングスおよびファンケルの知財部門が事業、R&Dとともに知財活動を進めています。医領域では協和キリン知的財産部が知財活動を推進しています。

各領域では、それぞれの事業特性や市場に適した知財活動が求められます。食領域では生産技術、商品の組成や容器デザインなど、さまざまな知的財産権で多面的に保護することで、開発・事業の自由度確保に取り組んでいます。一方、ヘルスサイエンス領域では、素材の健康機能性、生産技術や商品の組成に関する特許権を中心とした知財の獲得・活用による、市場の拡大と事業の成長の実現に取り組んでいます。ヘルスサイエンス領域で現在最も事業展開が進んでいるプラズマ乳酸菌事業の成長は、事業・R&D・知財各部門がそれぞれ連携して取り組んだ成果ともいえます。

支える人財基盤

研究開発力と、生み出された価値を事業化する力の合わせ技に、知財戦略を掛け合わせた競争戦略の実行によって当社グループの持続的な成長を実現しています。この競争優位の源泉となるのが人財です。特に基礎研究においては、高い専門性を有する人財が重要であり、当社グループ全体で224名が博士号を保有しています(2022年現在)。知財部門においても知財専門人財の採用と育成を進めるとともに、知財活動を推進するための必須スキルを獲得できる社内教育・研修制度を充実させ、全社的な知財リテラシー向上を強化しています。また、一つの例として協和発酵バイオで製造や品質保証を経験した人財をキリン中央研究所へ配属するなど、事業会社・部門との定期的な人財ローテーションにより、事業を理解した人財が研究所や知財部門で事業化を目指した研究開発に携わることで、食から医にわたる多様な領域での事業化をより実現しやすい体制にしています。

今後も、専門性を重視した育成、採用と、事業を理解した人財の配置を継続して行い、当社グループ全体のさらなる成長に貢献していきます。

取り組み事例

プラズマ乳酸菌関連特許の出願・権利化の流れ

キリンホールディングスの乳酸菌研究は基礎研究として2000年代にスタートしました。2011年にプラズマ乳酸菌のプラズマサイトイド樹状細胞への作用に関する研究成果をウイルス学会で発表し、同年に基本特許※3を出願しています。2012年からは商品展開を始めましたが、プラズマ乳酸菌事業のプロダクト・ライフサイクルにおいて、知財活用に関する分岐点はこれまでに3つありました。

  1. ある特定の商品またはサービスを実施するときに、必ず使わざるを得ない技術などに関する特許
  • キリンホールディングス R&D本部 知財戦略推進部 弁理士 中条 一貴 キリンホールディングス R&D本部 知財戦略推進部 弁理士 兵澤 幾子

  • キリンホールディングス R&D本部 知財戦略推進部 弁理士 中条 一貴 キリンホールディングス R&D本部 知財戦略推進部 弁理士 兵澤 幾子

(1)導入期~機能性表示取得活動と連動した、食品の用途に係る特許の取得~

2015年に機能性表示食品制度が導入され、その翌年には食品の用途発明※4が認められるようになりました。当社はこの環境変化を好機と捉え、研究内容の深い理解、関係法令の熟知や動向把握といった高い専門性が要求される中、免疫機能での機能性表示の取得にチャレンジしました。事業・品質保証・研究開発・知財の各部門が連携して対応した結果、事業拡大の鍵となるプラズマ乳酸菌の免疫機能表示の実現と、それを保護する基本特許の獲得に成功しました。

  1. 2016年4月の特許・実用新案審査基準の改訂により、従来は医薬品などに限定されていた用途発明が、食品にも認められるようになった
  • 図:導入期~機能性表示取得活動と連動した、食品の用途に係る特許の取得~

  • 図:導入期~機能性表示取得活動と連動した、食品の用途に係る特許の取得~

(2)成長期①~分析から必要な知財を取得~

免疫機能に対する世間の関心が高まり始めた2020年に、免疫に関する機能性表示届出が受理され、当社はプラズマ乳酸菌関連商品のラインアップを拡充しました。知財部門は、将来の事業計画を踏まえ、取得すべき知財を事業および研究開発の各部門と共有し、国内外で必要な知財を協働して出願・権利化することで、安定した事業基盤の確保に努めました。

  • 図:成長期①~分析から必要な知財を取得~

  • 図:成長期①~分析から必要な知財を取得~

(3)成長期②~オープン戦略の推進と、海外への事業拡大~

2021年より国内外パートナー企業から免疫機能を訴求したプラズマ乳酸菌関連商品を発売しています。この取り組みに先立ち、当社では戦略的かつ迅速に部署横断型の体制を構築し、基本特許を軸にしたライセンスを進めました。また、海外ではプラズマ乳酸菌の菌体を販売していますが、積極的にプラズマ乳酸菌に関する研究論文の発表や特許権での保護を行い、機能面を訴求することで、他社が販売する同種の素材との差異化を図っています。さらに、事業・法務・知財の各部門が協働しパートナー企業との契約締結などを通じた連携体制を構築することで、事業推進だけではなく市場拡大にも貢献しています。

  • 図:成長期②~オープン戦略の推進と、海外への事業拡大~

  • 図:成長期②~オープン戦略の推進と、海外への事業拡大~

  • 2023年3月末時点で発売中または発売が決定している商品数。2023年3月末時点で基本特許に係るライセンスを8社44商品に実施

免疫関連乳酸菌特許に関する特許分析

特許分析ツール「PatentSight®」を用いた国内食品各社の免疫関連乳酸菌技術に係る特許の分析から、当社は乳酸菌の分野では後発ですが、研究活動の蓄積と着実な知財の取得・活用の結果、2012年からの10年間で特許価値スコア(Patent Asset IndexTM:PAI)および技術的価値(Technology Relevance:TR)がともに年々上昇し、乳酸菌開発で先行する他社の規模に近付いていることが分かります(左グラフ)。

また、プラズマ乳酸菌基本特許の技術的価値(TR)も持続的に上昇し、現在は競合品の乳酸菌特許と比較し、当社の基本特許への技術的な注目度の方が高くなっていることもうかがえます(右グラフ)。

これらの結果から、今後、ビジネス上の岐路に備えた知財への投資継続と知財を活用したビジネスモデルの拡充により、無形資産の一つである当社特許の相対的な価値が目指すポジションに到達するとともに、プラズマ乳酸菌事業の成長シナリオの実現に資するものと考えています。

  • グラフ:各社の免疫関連乳酸菌特許 特許価値・技術的価値の変動

  • グラフ:各社の主要な乳酸菌特許 技術的価値の変動

  • グラフ:各社の免疫関連乳酸菌特許 特許価値・技術的価値の変動

  • グラフ:各社の主要な乳酸菌特許 技術的価値の変動

  • レクシスネクシス・ジャパン(株)の特許分析ツール「LexisNexis®PatentSight®」を⽤い当社作成
  1. TR(Technology Relevance)は、被引用件数を基に算出した特許の技術的価値を表す指標。自社、競合、アカデミアからの技術的な注目度を表す
  2. PAI(Patent Asset Index)は、各特許の技術的価値と市場的価値を掛け合わせた数値の総和で、特許ポートフォリオの総合力を表す指標

このように、プラズマ乳酸菌事業では、用途発明に係る基本特許を核とする知財取得と、機能性表示食品制度への対応がうまくかみ合い、ヘルスサイエンス領域での一つの成長モデルを構築できたと考えています。研究開発スタートから20年がたつ中、事業・R&D・知財の各部門が三位一体となって同事業を推進するための組織能力や、特許や商標などの知的財産権の蓄積も進んできています。

外部環境の変化などの機会を迅速に捉え、国内外のグループ拠点を活用しながら事業拡大してきた経験を生かし、今後もヘルスサイエンス領域で知財を活用したビジネスモデルによる新たな事業の創出に取り組んでいきます。

食品企業として59年ぶりの快挙、プラズマ乳酸菌の優れた成果に対する外部表彰

キリンホールディングスと小岩井乳業は、「乳酸菌を含む免疫賦活用食品組成物の発明(特許第6598824号)」に対し、令和5年度全国発明表彰の「恩賜発明賞」を受賞しました。本受賞はプラズマ乳酸菌の発見と商品化に関する取り組みが評価されたもので、健康食品素材としては初、食品企業では59年ぶりの受賞となりました。同時に「発明実施功績賞」も受賞しています。
全国発明表彰は公益社団法人発明協会が主催し、多大な功績を挙げた発明や今後の大きな功績が期待される発明を表彰する目的で毎年行われています。特に「恩賜発明賞」は、日本の科学技術の振興と産業経済の発展に大きく貢献した発明などを対象とし、皇室からの御下賜金を拝受して行う全国発明表彰の象徴的な賞として、最も優秀と認められる発明などの関係者に贈呈されています。
また、プラズマ乳酸菌の発見・研究・事業化で、世の中を変革する優れたイノベーション事例を表彰する「第11回技術経営・イノベーション大賞」(主催:一般社団法人科学技術と経済の会)の「文部科学大臣賞」を受賞しています。

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  • 表:食品関連 恩賜発明賞 受賞名称・発明者

  • 表:食品関連 恩賜発明賞 受賞名称・発明者